演習
電極電位(還元電位)と電池電位について学びました。しかし概念だけではイメージしにくい部分もありますので,本節では電極電位や電池電位の理解を深めるために例題を紹介します。問題を解く際に必要な標準電極電位は資料 > 標準電極電位を参照してください。温度は設問中に指定がなければ $25\oC$($298\unit{K}$) として考えてください。その他,必要な物理定数は資料 > 物理定数で確認できます。
演習 1
水和したナトリウムイオン $\ce{Na+(aq)}$ の標準生成ギブズエネルギーは $\DGo{f} = -261.9\kJmol$ である。ナトリウムイオンの標準電極電位 $\Eo(\ce{Na+}, \ce{Na})$を求めよ。
解説 1
標準電極電位を熱力学データから求める問題です。実際のところデータベースに載っている標準電極電位の多くは熱力学データから間接的に求められたものですので,求めるプロセスを確認しておきましょう。考える還元反応は次式です。
この反応のギブズエネルギー変化 $\DGo{r}$ は両辺の標準生成ギブズエネルギー $\DGo{f}$ の差となりますが,単体の $\DGo{f}$ はゼロですので次式によりナトリムイオンの標準電極電位 $\Eo(\ce{Na+}, \ce{Na})$ が求まります。
資料 > 標準電極電位の表には $\Eo = -2.71\unit{V}$ と表示されていますので,正しく求まっていることが分かります。
演習 2
次の二つの半反応を利用した電池の標準電池電位(標準起電力)$\Eocell$ を求めよ。
解説 2
電池電位を求める問題としては最も基本的なものになります。式(\ref{sn4sn2})と式(\ref{zn2zn})の標準電極電位を資料 > 標準電極電位の表で調べると,式(\ref{sn4sn2})の方が電位が大きい($+0.151\unit{V}$)のでカソード(正極)になることが分かります。よって $\ce {Sn^{4+}}$ が還元され $\ce{Zn}$ が酸化される反応が(標準状態では)進行します。電池式は正極を右に書くのが約束ですので下の式(\ref{sn4znsn2zn2})と書けます。なお,正極側は酸化還元に関わる物質がどちらもイオンで溶液中に溶けていますので,溶液に浸した白金板を電極としています。
電池電位(起電力)は負極の電位を基準としたときの正極の電位と約束されていますので,$\ce{Sn^{4+}}$ の電極電位から $\ce{Zn^{2+}}$ の電極電位を引けば $\Eocell$ が求まります。
演習 3
次の二つの半反応を利用した電池の標準電池電位(標準起電力)$\Eocell$ を求めよ。
解説 3
本問では関わる電子数が二つの半反応で異なります。式(\ref{ag1ag})と式(\ref{zn2znv2})の標準電極電位はそれぞれ次の通りです。
よって電極電位が大きい銀電極が正極で電池式は次のようになります。
式(\ref{2ag1zn2agzn2})では $\ce{Ag+}$ に係数 $2$ がついています。ということは電池電位を求める際には $\Eo(\ce{Ag+}, \ce{Ag})$ も $2$ 倍にする必要があるのでしょうか。ギブズエネルギー変化で考えてみましょう。
これより式(\ref{2ag1zn2agzn2})のギブズエネルギー変化は次式で求まります。
よって電池電位は次式で求まります。
電池電位を求める際には電極電位を反応式の係数倍してはいけないことがわかります。もし反応式を以下のように書いた場合はどうでしょうか。
この場合も電極電位の単純な引き算でよいことが次式から分かります。当たり前ではありますが,電池電位は反応式の書き方に依存しません。
演習 4
二つの標準電極電位 $\Eo(\ce{Fe^{3+}}, \ce{Fe^{2+}})$,$\Eo(\ce{Fe^{2+}}, \ce{Fe})$ の値から $\Eo(\ce{Fe^{3+}}, \ce{Fe})$ を求めよ。
解説 4
資料 > 標準電極電位の表で標準電極電位を確認します。
さて,$\ce{Fe^{3+}}$ から直接 $\ce{Fe}$ に還元する際の電極電位を求めたいわけですが,二つの電位を足して $+0.771 + (-0.447) = +0.324\unit{V}$ でよいでしょうか。ギブズエネルギーに直して考えます。
二段階の反応のそれぞれの電極電位が分かっている場合は,関わる電子数で重みづけした平均値が,ひとまとめにしたときの電極電位となります。
演習 5
以下の電池式で示される電池の電池電位(起電力)を求めよ。温度は $298\unit{K}$ とする。
解説 5
両極とも硝酸銀水溶液に銀の電極板を浸した構造の電池です。電極板と電解液の組み合わせが両極で同じであれば電池にならないのではないかと思うかもしれませんが,両極で硝酸銀 $\ce{AgNO3}$ の濃度(正確には活量 $a$)が異なっていて正極側が $a=1$,負極側が $a=0.1$ と 10 倍の差があります。標準状態ではないときの電極電位はネルンストの式から求められるのでした。
電子数は $\nue =1$ です。また室温 $298\unit{K}$ における $RT/F$ に自然対数を常用対数に変換するための $\ln 10$ をかけた値は $0.0591$ になります。この値は覚えておいて損はありません。
固体(銀電極)の活量は $1$ です。銀イオンについて,正極側は $a=1$ で標準状態なので電極電位 $E_+$ は標準電極電位になります。負極側の電極電位 $E_-$ が分かれば電池電位が求まります。
このような電解液の濃度差により生じる起電力を利用した電池は濃淡電池(concentration cell)といいます。
演習 6
以下の電池式で示される電池の電池電位(起電力)を求めよ。温度は $298\unit{K}$ とする。
解説 6
標準状態ではないときの電池電位を求める問題です。ネルンストの式を用います。
標準状態 $a_\ce{Sn^{2+}} = 1$ では $\Eocell = +0.913\unit{V}$ ですが,本問では $a_\ce{Sn^{2+}} = 0.01$ と低濃度になっているため,ルシャトリエの原理により $\ce{Sn^{4+}}$ が還元される方向に平衡が傾く,すなわち電池電池が大きくなっていると解釈できます。
演習 7
以下の反応の平衡定数 $K$ を求めよ。
解説 7
固体の活量が $1$ であることに注意すると,平衡状態における溶液のイオン濃度比(活量比)$Q$ が反応(\ref{cu2pbcupb2})の平衡定数 $K$ となります。
各イオンの電極電位は以下で求まります。
これらの値を用いた仮想的な電池の起電力を考えます。さてここでどちらを正極にするかが問題です。電池を考える際は起電力が正になるように正極を決める約束ですが,ここで求めたいものは反応(\ref{cu2pbcupb2})の平衡定数であって平衡定数は反応式の書き方に依存します。そこでここでは,実際の電池をつくったときにどちらが正極になるかは置いておいて,反応式(\ref{cu2pbcupb2})の正反応が進行すると考えて電池式を書きます。すなわち還元される銅側が正極とみなします。
平衡状態で $Q=K$ となり,このとき反応がどちら向きにも進まないので電池電位はゼロになります。
有効数字などで $\log K$ がわずかに異なっても $K$ の値に大きな影響がでますので,$K$ の実際の数字よりもオーダー(桁数)が大切です。もし問題文で与えられている反応式が $\ce{Cu + Pb^{2+} <=> Cu^{2+} + Pb}$ と左右逆になっていた場合は,電池式を $(-)\ce{Cu|Cu^{2+}||Pb^{2+}|Pb}(+)$ と書いて $K$ を求めればよいですが,これは上で求めた値の逆数ですので $\log K = -15.84$ となります。
演習 8
以下の電池の起電力と反応(\ref{znagcl})の平衡定数を求めよ。温度は $298\unit{K}$ とする。
解説 8
正極が複雑に見えますが,還元されるのは銀イオン $\ce{Ag+}$ です。ただし塩化物イオンが存在していて銀イオンと難溶性塩 $\ce{AgCl}$ をつくりますので,用いる標準電極電位は $\Eo(\ce{Ag+}, \ce{Ag})$ ではなくて $\Eo(\ce{AgCl}, (\ce{Ag}, \ce{Cl-}))$ です。この電極は銀塩化銀電極と呼ばれるもので,電位が安定していて使いやすいので電位の基準となる参照電極としてしばしば用いられます。$\ce{AgCl}$ が固体であることに注意して反応式(\ref {znagcl})より $Q$ は次式で書けます。
両極の電位は以下で求まります。式(\ref{agagvle})の右辺第二項は $E_-$ と係数を揃えるために $\frac{2}{2}$ をかけて分子のみ対数の中に組み込んでいます。ここでは分けましたが,もちろん式(\ref{znagcl})から直接式(\ref{znagcle})を導いても構いません。
式(\ref{znagcle})に活量を代入すると電池の(初期の)起電力が求まります。
電池を放電し続けるとやがて平衡に達して($Q=K$ になって)起電力がゼロになります。
演習 9
水酸化カルシウム $\ce{Ca(OH)2}$ の溶解度積 $\Ksp$ を求めよ。温度は $298\unit{K}$ とする。
解説 9
経験がないと問題文を読んだだけでは標準電極電位を用いるという発想にすらならないと思いますが,資料 > 標準電極電位の表を見ると $\ce{Ca(OH)2}$ と $\ce{Ca^{2+}}$ の電極電位がそれぞれ与えられていますのでこれを用いることにします。
水酸化カルシウムの溶解反応は次式(\ref{caoh2dis})で表されます。これは式(\ref{ecaoh2})を正極,式(\ref{eca2ca})を負極としたときの全反応式ですので(実際につくるのは困難ですが)仮想的な電池の電池電位は式(\ref{caoh2ecell})となります。
溶解平衡のときに電池電位がゼロになり,このとき $a_\ce{OH-}^2\cdot a_\ce{Ca^{2+}} = \Ksp$ です。
難溶性塩として有名な塩化銀 $\ce{AgCl}$ の溶解度積を同様に求めると $\log\Ksp = -9.77$ ですので,水酸化カルシウムは塩化銀よりも溶解度が数桁大きく,難溶(insoluble)というよりは微溶(sparingly soluble)であることが分かります。
演習 10
以下の電極の電極電位を求めよ。ただし水酸化マグネシウム $\ce{Mg(OH)2}$ の溶解度積は $\Ksp = 5.61\times 10^{-12}$,温度は $298\unit{K}$ とする。
解説 10
式(\ref{mgmgohph9})は電池式の正極のみを書いたものです。求めたいのは電極電位ですので負極は書いていませんが標準水素電極 SHE です。電解液の $\pH$ が指定されていて,塩基性のため難溶性の水酸化マグネシウム $\ce{Mg(OH)2}$ が沈殿しています。求めたいのは $E(\ce{Mg^{2+}}, \ce{Mg})$ ですので素直に式を立てます。
$\pH\,9$ ということは $-\log a_\ce{OH-} = 5$ ということになります。これより $\log\Ksp$ は次式となります。
電極電位を求めます。