反応の自発性
いくつか条件は付いていますが,系から取り出すことができる仕事はギブズエネルギー分が最大である,ということを学びました。また前節では,化学反応の前後でのギブズエネルギー変化は,標準生成ギブズエネルギー $\DGo{f}$ から求めることができることも知りました。しかし,系から仕事を取り出すということと化学反応の間には,やや思考のギャップがあるように思えます。エンタルピー変化であれば,化学反応によって出てきた(あるいは吸収した)熱量がエンタルピーが変化した分なんだなとイメージできます。では,化学反応によってギブズエネルギーが変化するというのはどのようにイメージすればよいのでしょうか。
$25\oC$ における,反応 $\ce{CO(g) + \frac{1}{2} O2(g) -> CO2(g)}$ の標準反応ギブズエネルギーは次のように求まります。
一酸化炭素 $\ce{CO}$ と酸素 $\ce{O2}$ が反応して二酸化炭素 $\ce{CO2}$ ができると,$\ce{CO2}$ の生成 $1\unit{mol}$ あたり系のギブズエネルギーが $257.2\unit{kJ}$ だけ減るという意味ですが,見方を変えると,$\ce{CO}$ と $\ce{O2}$ が持っていたギブズエネルギーを $257.2\unit{kJ}$ だけ使って,$\ce{CO2}$ に変えたということもできます。ということは,$\ce{CO}$ と $\ce{O2}$(からなる系)は仕事をして,$\ce{CO2}$ に変わったと考えてもよさそうですし,もともとそれに必要な仕事を取り出せるだけのギブズエネルギーを持っていたと言うこともできます。
この反応の逆反応を考えてみましょう。$\ce{CO2}$ から $\ce{CO}$ と $\ce{O2}$ が生じるという反応ですが,これが勝手に進んでくれるのであれば,温暖化問題は無事解決です(その代わり,猛毒の $\ce{CO}$ が大量に発生しますが)。このような反応が勝手に起こることがないことを私たちは知っていますが,なぜ起こらないのでしょう。逆反応の $\DGo{r}$ は符号が反転して $+257.2\kJmol$ です。つまり,外からギブズエネルギーを持ち上げてあげないと,このような反応は進行しないことがわかります。反応がどちらに進むか。これを反応の自発性と言い,反応はギブズエネルギー変化が負になる方向に自発的に進みます。逆方向に進ませたければ,外から何らかの手助けが必要です。
化学平衡
水素とヨウ素からヨウ化水素が生成する反応は,高校化学でもよく扱います。
データベースを見ると,$\ce{HI(g)}$ と $\ce{I2(g)}$ の $\DGo{f}$ はそれぞれ $+1.7\kJmol$ と $+19.3\kJmol$ ですので,上の反応によるギブズエネルギー変化は,次式で求まります。
逆反応では $\DGo{r} = +8.0\kJmol$ ですが,このくらいの数字ですと,プラスといっても,温度が高いと熱エネルギーが助けとなって,逆反応も進行しそうです。どこで止まるか。見かけ上反応が止まるところが平衡状態であることはみなさんご存じと思います。速習編なので導出はしませんが,ここでは一歩踏み込んで,平衡定数とこの反応のギブズエネルギー変化の関係を見ておきましょう。
$K_P^\circ$ は標準圧平衡定数というもので,標準状態で各気体の分圧を使って書いた平衡定数です。モル濃度で書く平衡定数の方がなじみが深いかもしれませんが,そちらは標準平衡定数 $K_c^\circ$ と言って,$K_P^\circ$ とは別のものです。ただし,互いに変換できますので $\DGo{r}$ が分かれば,上式の式変形により平衡定数が求まるということは共通しています。
反応式 ($\ref{HI}$) の $298\unit{K}$ での $K_P^\circ$ を求めてみましょう。
温度が $400\unit{K}$ になると $K_P^\circ \approx 11.1$ となり,高温で逆反応が進みやすいことを反映しています。ここでもし,反応式を $\ce{H2(g) + I2(g) <=> 2HI(g)}$ と書いたらどうなるでしょうか。この場合 $\DGo{r}$ が2倍になりますので,$298\unit{K}$ で $K_P^\circ \approx 640\ (=25.3^2)$ となり,反応式を式(\ref{HI})で書いた場合とは異なる値になります。したがって平衡定数は化学反応式とセットで示す必要があります。