エネルギー単位の換算
化学での使用頻度が高いエネルギーの単位を互いに換算する表を以下に示します。$\mathrm{kJ\,mol^{-1}}$ と $\mathrm{kcal\,mol^{-1}}$ は,$1\unit{mol}$ あたりという意味ですので,アボガドロ定数で割ると 1 個(1 分子)あたりのエネルギーになります。例えば表から $1\kJmol=1.6605\times 10^{-21}\unit{J}$ ですが,これは $1\kJmol/(6.022\,140\,76\times 10^{23}\unit{mol^{-1}})$ から得られた値です。カロリー($\mathrm{cal}$)は熱力学カロリーとよばれる定義を採用しています。
$\mathrm{J}$ | $\mathrm{cal}$ | $\mathrm{eV}$ | $\mathrm{kJ\,mol^{-1}}$ | $\mathrm{kcal\,mol^{-1}}$ | $\mathrm{Hz}$ | $\mathrm{cm^{-1}}$ | $\mathrm{K}$ | $\mathrm{hartree}$ | |
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$1\unit{J}=$ | $1$ | $0.2390$ | $6.2415\times 10^{18}$ | $6.0221\times 10^{20}$ | $1.4393\times 10^{20}$ | $1.5092\times 10^{33}$ | $5.0341\times 10^{22}$ | $7.2430\times 10^{22}$ | $2.2941\times 10^{17}$ |
$1\unit{cal}=$ | $4.184$ | $1$ | $2.6114\times 10^{19}$ | $2.5197\times 10^{21}$ | $6.0221\times 10^{20}$ | $6.3145\times 10^{33}$ | $2.1063\times 10^{23}$ | $3.0305\times 10^{23}$ | $9.5985\times 10^{17}$ |
$1\unit{eV}=$ | $1.6022\times 10^{-19}$ | $3.8293\times 10^{-20}$ | $1$ | $96.485$ | $23.061$ | $2.4180\times 10^{14}$ | $8.0655\times 10^{3}$ | $1.1605\times 10^{4}$ | $3.6756\times 10^{-2}$ |
$1\unit{kJ\,mol^{-1}}=$ | $1.6605\times 10^{-21}$ | $3.9688\times 10^{-22}$ | $1.0364\times 10^{-2}$ | $1$ | $0.2390$ | $2.5061\times 10^{12}$ | $83.593$ | $1.2027\times 10^{2}$ | $3.8094\times 10^{-4}$ |
$1\unit{kcal\,mol^{-1}}=$ | $6.9477\times 10^{-21}$ | $1.6605\times 10^{-21}$ | $4.3364\times 10^{-2}$ | $4.184$ | $1$ | $1.0485\times 10^{13}$ | $3.4976\times 10^{2}$ | $5.0322\times 10^{2}$ | $1.5939\times 10^{-3}$ |
$1\unit{Hz}=$ | $6.6261\times 10^{-34}$ | $1.5837\times 10^{-34}$ | $4.1357\times 10^{-15}$ | $3.9903\times 10^{-13}$ | $9.5371\times 10^{-14}$ | $1$ | $3.3356\times 10^{-11}$ | $4.7992\times 10^{-11}$ | $1.5201\times 10^{-16}$ |
$1\unit{cm^{-1}}=$ | $1.9864\times 10^{-23}$ | $4.7477\times 10^{-24}$ | $1.2398\times 10^{-4}$ | $1.1963\times 10^{-2}$ | $2.8591\times 10^{-3}$ | $2.9979\times 10^{10}$ | $1$ | $1.4388$ | $4.5571\times 10^{-6}$ |
$1\unit{K}=$ | $1.3806\times 10^{-23}$ | $3.2998\times 10^{-24}$ | $8.6173\times 10^{-5}$ | $8.3145\times 10^{-3}$ | $1.9872\times 10^{-3}$ | $2.0837\times 10^{10}$ | $0.6950$ | $1$ | $3.1674\times 10^{-6}$ |
$1\unit{hartree}=$ | $4.3590\times 10^{-18}$ | $1.0418\times 10^{-18}$ | $27.207$ | $2.6251\times 10^{3}$ | $6.2740\times 10^{2}$ | $6.5786\times 10^{15}$ | $2.1944\times 10^{5}$ | $3.1572\times 10^{5}$ | $1$ |
磁場(磁束密度)については下記の磁気エネルギーを参照して下さい。
化学で用いるエネルギー単位
化学の学習を進めていくと,いくつものエネルギーを表す単位に遭遇します。教科書や文献によって異なる単位が用いられていると,それらを単純には比較できなくなるので,初学者にとって単位の乱立はやっかいな状況でもあります。しかし現在でも複数の単位が用いられている背景には,統一するとむしろ不便になるという側面があるからで,昔と比べると整理された感はありますが,分野ごとに異なるエネルギーの単位が使われていく状況は今後も変わらないと思われます。エネルギーの単位としての必要条件は,それがエネルギーに比例する量に基づいているということです。逆に言うとエネルギーに比例する物理量であれば,何であっても原理的にはエネルギーの単位として使うことができるということになります。
ジュール($\mathrm{J}$)とエルグ($\mathrm{erg}$)
SI 単位系ではエネルギーの単位としてジュール($\mathrm{J}$)が用意されています。一方,cgs 単位系というのもあって,こちらではエネルギーの単位としてエルグ($\mathrm{erg}$)が用意されています。cgs 単位系は古い単位系なのですが,一部の分野では今でも現役で使われていますし,古い文献を調べる際に見かけることもあります。ジュールとの関係は $1\unit{J}=10^7\unit{erg}$($1\unit{erg}=10^{-7}\unit{J}$)と,桁を変えるだけで簡単ですので上の表でも $\mathrm{erg}$ は省略しています。SI の理念からするとエネルギーはすべてジュールで表すというのが正しいのかもしれませんが,理念よりも利便ということで,化学でジュールそのものが使われることはあまり多くはありません。
カロリー($\mathrm{cal}$)
カロリーは熱量の単位ですが,熱の仕事当量の関係によってジュールと結びつくため,エネルギーの単位として用いることができます。カロリーの定義は複数あるのですが,現在(の日本)では $1\unit{cal}=4.184\unit{J}$ と定めた熱力学カロリーを用いることが一般的ですので,この関係を用いて変換できます。ただし古い文献では別の定義によるカロリーを使っている可能性もありますので,小数点以下 2 桁目以降はあまりあてにならず,$1\unit{cal}\approx 4.2\unit{J}$ くらいの認識で十分かと思います。物質 $1\unit{mol}$ あたりのカロリー変化という意味で $\mathrm{kcal\,mol^{-1}}$ と表しているものがあります。もしこれを 1 個(1 分子)あたりで考えるのであれば,これをアボガドロ定数 $\NA = 6.022\,140\,76\times 10^{23}\unit{mol^{-1}}$ で割る($1.6605\times 10^{-24}$ をかける)必要があります。最近はカロリーを使わずキロジュールで表すことが多くなっていて,その場合は $1\unit{kcal\,mol^{-1}} = 4.184\unit{kJ\,mol^{-1}}$ となります。ただし食品・栄養学の分野ではカロリーが今でもよく使われます。古い単位で大カロリー($\mathrm{Cal}$)というのがあって,これは C を大文字で書くことで $\mathrm{kcal}$ を表しているのですが,紛らわしいので最近は使われなくなっているようです。
電子ボルト($\mathrm{eV}$)
荷電粒子に電場をかけると加速され,加速された荷電粒子のエネルギーは電荷と電位差に比例するので,これをエネルギーの単位として採用したのが電子ボルト($\mathrm{eV}$)です。電子を真空中で $1\unit{V}$ の電位差で加速したときに電子が得るエネルギーは,電子の電荷の絶対値である電気素量 $e = 1.602\,176\,634\times 10^{-19}\unit{C}$ と電位差 $1\unit{V}$ の積 $1.602\,176\,634\times 10^{-19}\unit{J}$ ですので,これを電子ボルト($\mathrm{eV}$)というエネルギー単位の基準とします。すなわち $1\unit{eV}=1.602\,176\,634\times 10^{-19}\unit{J}$ となります。例えば,水素原子のイオン化エネルギーは約 $13.6\unit{eV}$ で,これを $2.18\times 10^{-18}\unit{J}$ と表すことはもちろん可能ですが,とても小さくて扱いにくい数字になります。
光(電磁波)のエネルギー
光(電磁波)のとりうるエネルギーの範囲は広く,電波とガンマ線はどちらも電磁波ですが,両者には文字通り桁違いのエネルギーの差があり,エネルギー領域に応じてよく使われるエネルギーの単位が異なります。電磁波のエネルギーはプランク定数 $h$ と振動数 $\nu$ の積として $E=h\nu$ で表されるので,振動数 $\nu$ はエネルギーの単位として使うことができます。通常,振動数の単位は $\mathrm{s^{-1}}$ で,これには $\mathrm{Hz}$(ヘルツ)という単位が用意されていて,$1\unit{Hz}=6.626\,070\,15\times 10^{-34}\unit{J}$ となります。よってヘルツは電磁波のエネルギーを表す単位です。
一方,光には光速度 $c$ と波長 $\lambda$ を使って $c=\lambda\nu$ の関係があります。では波長 $\lambda$ を光のエネルギーの単位として使うことができるかというと,$E=h\nu=\frac{hc}{\lambda}$ の関係より,$E$ と $\lambda$ は反比例の関係にありますので,$\lambda$ を光のエネルギーの単位として使うことは通常できません。波長というのは波の山と山の間(あるいは谷と谷の間)の長さですので,波長分の長さの波の中には谷(または山)が一つだけ含まれています。すなわち単位長さを波長で割った値(波長の逆数)は,その単位長さあたりに含まれる山と谷の個数になるので,これは波数 $\tilde{\nu}$ とよばれ,エネルギーの単位として用いることができます。波数の単位は長さの逆数ですが,通常センチメートルの逆数 $\mathrm{cm^{-1}}$ が波数の単位として使われます。紫外から近赤外の領域にある光の波長はナノメートル($\mathrm{nm}$)単位で表すことが多いですが,これを波数($\mathrm{cm^{-1}}$)に変換するには $10^7$ を波長で割る $\tilde{\nu}\ (\mathrm{cm^{-1}}) = 10^7/\ \lambda\ (\mathrm{nm})$,あるいは逆に波数を波長に変換する場合でも同じで,$\lambda\ (\mathrm{nm}) = 10^7/\ \tilde{\nu}\ (\mathrm{cm^{-1}})$ の換算式となりますので,$10^7$ という数字を覚えておくと便利です。例えば $1000\unit{nm} = 10\,000\wn$ となります。
温度
温度はボルツマン定数 $\kB$ によってエネルギーと結びつきますので,絶対温度の単位であるケルビンはエネルギーの単位としても使えて,$1\unit{K}=1.380\,649\times 10^{-23}\unit{J}$ となります。逆にみると $1\unit{J} = 7.24\times 10^{22}\unit{K}$ ですので,ジュールがとんでもなく大きな単位であることが分かります。実用的には $\mathrm{K}$ と波数 $\mathrm{cm^{-1}}$ の組合せがよく登場して,例えばある実験で,実験条件の温度を $1\unit{K}$ 上げたとすると,それは波数表示で(構成粒子あたり)$0.695\wn$ のエネルギーを与えたことになります。
ハートリー(hartree)
主に理論化学の分野で使われる単位系に,ハートリー(Hartree)によって提唱された原子単位系(atomic units)というものがあります。これは静止電子質量 $\me$,換算プランク定数 $\hbar$,電気素量 $e$ をそれぞれ質量,作用,電荷の基準とする(すなわちこれらをすべて 1 とする)単位系で,さらに式(\ref{Ehhartreedef})で表される $\Eh$ をエネルギーの基準としたものがHartree 原子単位系です。$\Eh$ は Bohr 半径 $a_0$ の距離を隔てた二つの電気素量に相当する電荷によるクーロンエネルギーで定義されます。
$\Eh$ に相当するエネルギーを $1\unit{hartree}$ あるいは atomic unit の頭文字をとって $1\unit{[a.u.]}$ のエネルギーと表します。式(\ref{Ehhartreedef})の右辺に各定数の SI 単位系での値を代入して,$1\unit{hartree}$ を SI 単位系に換算すると $4.359\times 10^{-18}\unit{J}$ となります。
磁気エネルギー
$1\unit{T}$ の磁場をかけたときにどのくらいエネルギーが変化するか,というようなことを実験で考えることがあります。そうすると $1\unit{T}$ が何ジュールに相当するかというのが知りたくなりますが,これは相手次第です。つまり,磁束密度は磁気モーメントを通じてエネルギーと結びつきますので,相手がもつ磁気モーメントがいくらであるかによって,$1\unit{T}$ の磁場が及ぼすエネルギー変化は変わってきます。
磁気モーメントの大きさを表す基準としてボーア磁子(Bohr magneton)があり,SI 単位系で表すと次式で定義されます。
これは水素原子の電子が基底状態で持つ軌道角運動量 $\hbar$ に由来する磁気モーメントを 1 単位として磁気モーメントの大きさを表しましょうというもので,具体的な値は以下の通りです。
水素原子の基底状態に限らず,電子由来の磁気モーメントはおおよそボーア磁子のオーダーの大きさになりますので,電子系にとっては $1\unit{T}$ はおおよそ $0.5\wn$ の磁気エネルギー,あるいは $0.7\unit{K}$ の温度に相当することになります。ただし,磁気モーメントは定数ではありませんので,あくまで「おおよそこのくらい」という話です。
ここではミクロな視点で見てきましたが,電磁気学によると,マクロな物体の内部に蓄えられる磁気エネルギーの体積密度は物体の透磁率 $\mu$ を使って $\frac{1}{2}HB = \frac{1}{2}\mu H^2 = \frac{1}{2}\frac{B^2}{\mu}$ と表されます。例えば,水の透磁率は $1.256\times 10^{-6}\unit{H\,m^{-1}}$ ですので,$1\unit{T}$ で蓄えられる磁気エネルギー密度は $3.98\times 10^{5}\unit{J\,m^{-3}}$ となります。これは体積密度ですが,水分子 1 個あたりに換算すると,$1.19\times 10^{-23}\unit{J}$ となり,ボーア磁子とよい感じに一致することがわかります。水分子には電子が 10 個含まれるので,これを 10 で割った値を比較するべきかもしれませんが,遮蔽など複数の効果が関わりますので,そもそも一致するはずもなく,この程度のオーダーであっていれば十分でしょう。
電子ではなく核子が持つ磁気モーメントの大きさを表すにはボーア磁子ではなく,核磁子(nuclear magneton)を使うことが一般的です。核磁子の定義はボーア磁子の電子の静止質量 $\me$ を陽子の質量 $m_\mathrm{p}$ で置き換えたもので,以下で表されます。
電子と陽子の質量比である 1840 倍が効いてきますので,核磁子はボーア磁子と比べて 3 桁小さい値になっています。NMR(核磁気共鳴)は現代の化学研究に欠かすことができない分析装置で,これは磁場と原子核のスピン磁気モーメントとの相互作用によって生じるエネルギーが異なる状態間を,このエネルギー差に相当するエネルギーの電磁波吸収により検出するというのが原理です。核磁子の値が小さいことから,NMR には強い磁場とエネルギーが小さい電磁波(電波)の使用が必要であることがわかります。
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