アボガドロ定数 - Chemist Eyes

アボガドロ定数

あぼがどろていすう

Avogadro's constant

化学を学んだことがある方であれば $6.02\times 10^{23}$ という数には馴染みがあるはずです。日本では $10^{23}$ にちなみ,毎年 10 月 23 日を「化学の日」と定めて色々なイベントを行っているくらい,化学にとって大切な数で,物質量(amount of substance),いわゆるモルとも深くかかわっています。この数にはイタリアの科学者アボガドロ(Avogadro)の名前が冠されていることも良く知られていますが,では「$6.02\times 10^{23}$ はアボガドロ数アボガドロ定数のどちらでしょうか?」と問われると,その違いを明確に認識していない方も多いかもしれません。また,実は 2019 年に,この数にとって大きな転機が訪れていたことを知らない方も多いと思います。

なお,この手の物理量や単位にまつわる話というのは,本来きちんと定義された言葉だけを使って,定義されたとおりに説明するべきことです。そしてそれを自信をもってできる人というのはその道のプロだけでしょう。日本語で書かれたプロの解説としては,倉本直樹氏による物質量の単位「モル」の基礎解説とアボガドロ定数にもとづく新たな定義を導いた計測技術をお勧めします。一方,正しさを求めると長い説明になりがちです。以下は概要を知りたい方向けのノンプロによる読み物です。

1971 年から 2018 年のアボガドロ定数

現役世代の多くの方は,1971 年から 2018 年の約 50 年ほどの間に学校で化学を学んでいると思いますので,以下の説明を読んで「ああ,そうだったな」と思い出す方も多いはずです。残念ながらこの理解は 2019 年以降,過去のものになってしまったのですが,違いを知るためにも振り返ります。1971 年より前についてはここでは省略します。

質量数 $12$ の炭素原子 $\ce{^{12}C}$ を $12\unit{g}$ もってきて,その中に何個の炭素原子が入っているかを数えたとします。ここでの $12\unit{g}$ は不確かさなしの厳密な $12\unit{g}$ です。だいたい $6.02\times 10^{23}$ 個なのですが,りんごや玉ねぎを数えるのと違って,炭素原子を 1 個ずつすべて数え上げるのは無理ですし,そもそも厳密に $12\unit{g}$ の $\ce{^{12}C}$ を持ってこいというのが無理筋です。よって,この個数を 1 個の狂いもなく数字で表記することは不可能なので,真の値というのは誰も知らないのですが,その数だけ原子や分子などの粒子を集めたという状況を想定したとき,鉛筆 12 本をひとかたまりとして 1 ダースと呼ぶがごとく,そのひとかたまりの粒子数を $1\unit{mol}$ と呼ぶことにしましょう,そして,そのひとかたまりの粒子数(=$1\unit{mol}$ あたりの粒子数)をアボガドロ定数と呼びましょうとして運用されてきました。

この取り決めの最大の欠点は,個数で定義しておきながら,実際には個数の前に $12\unit{g}$ という別の物理量が介在しているため,実際何個を $1\unit{mol}$ としているのかを誰も知らないということにあります。

この時代の定義における以下の文は,いずれも厳密に正しいです。

  • 質量 $12\unit{g}$ 分の $\ce{^{12}C}$ 原子の物質量は $1\unit{mol}$ である。
  • $\ce{^{12}C}$ 原子を $1\unit{mol}$ 集めると質量が $12\unit{g}$ になる。

一方,以下の文は厳密に正しいとは言えません

  • 物質量 $1\unit{mol}$ の $\ce{^{12}C}$ 原子の個数は $6.02\times 10^{23}$ 個である。

これは $6.02$ と桁数を少なくしているからということではなく,いくら桁数を上げても,そもそも何個を $1\unit{mol}$ とするのかに不確かさを含むので,常に不確かさを含んだ表現となります。

2019 年以降のアボガドロ定数

2018 年の国際度量衡総会にて新しい定義に関する決議がなされ,その結果,物質量の単位であるモルの定義が変わりました。以下の日本語訳文は上記文献からの引用です。

モルは,物質量の単位であり,$1$ モルには,厳密に $6.022\,140\,76\times 10^{23}$ の要素粒子が含まれる。この数は,アボガドロ定数 $\NA$ を単位 $\mathrm{mol}^{-1}$ で表したときの数値であり,アボガドロ数と呼ばれる。

何が変わったのか。$\ce{^{12}C}$ が出てこないのと,$1\unit{mol}$ に含まれる粒子の個数をはっきり述べているので,従来とはまったく異なるモルの定義です。旧定義で誰も真の値を知ることができなかったのは $12\unit{g}$ の $\ce{^{12}C}$ を基準としていたからなので,それはやめて,アボガドロ定数を先に具体的に決めてしまったというのがポイントです。なぜこのような定義ができるようになったのかと言えば,それは原子の数を数える技術が格段に進歩したからです。旧定義との違いをできるだけ少なく,かつ不確かさをこれまで以上に小さくできるだけの計測技術の進歩があって,新定義が可能となりました。

これより,形式的には,アボガドロ定数は $1\unit{mol}$ あたりの粒子数として決定された,数と単位 $\mathrm{mol}^{-1}$ のセットのことをいい,アボガドロ数はその粒子数に相当する,単位なしの単なる数ということになります。アボガドロ定数が $1\unit{mol}$ あたりの粒子数という考え方自体は新旧で共通ですが,旧定義では「では何個ですか?」の質問に「$1\unit{mol}$ の粒子数がはっきりしていないのでわかりません」と堂々巡りになって答えられなかったのが,新定義でモルの個数を定めたことで「$6.022\,140\,76\times 10^{23}$ 個です。よってアボガドロ定数は $6.022\,140\,76\times 10^{23}\unit{mol^{-1}}$ です」と答えられるようになったのが違いです。

どうせ約束なんだから $6\times 10^{23}$ とか,あるいは思い切って $1\times 10^{24}$ で定義するとすっきりしそうですが,そうするとモルとグラムの関係がこれまでと変わってしまうので,現場は大変面倒なことになります。新定義によって,以下は厳密に正しい文になります。

  • 物質量 $1\unit{mol}$ の $\ce{^{12}C}$ 原子の個数は $6.022\,140\,76\times 10^{23}$ 個である。

一方,$\ce{^{12}C}$ の質量を基準としなくなったため,旧定義では厳密に正しかった以下の文は,厳密に正しい文とは言えなくなります。

  • 質量 $12\unit{g}$ 分の $\ce{^{12}C}$ 原子の物質量は $1\unit{mol}$ である。
  • $\ce{^{12}C}$ 原子を $1\unit{mol}$ 集めると質量が $12\unit{g}$ になる。

といっても,その差がわずかになるように新定義が決められたので,通常の用途であればこれまでと違いは生じません。一番気を付けないといけないのは,試験問題を作る先生方かもしれません。定義の新旧で正誤がひっくり返る可能性があります。ただし「なんだ気にしなくていいのか」と安易に思ってはいけません。気にする必要がないのは,高度な技術によって気にしなくてすむように努力してくれた方々のおかげなのです。

最終更新日 2022/08/21