一般性を高めた酸・塩基 - 酸・塩基 - Chemist Eyes
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一般性を高めた酸・塩基

前節で紹介した酸・塩基の定義では,溶媒の存在が大前提でした。これをさらに一般化すると,溶媒を想定しなくても良い定義を与えることが可能になります。

プロトンの授受に基づく定義

1923 年にブレンステッド(Brønsted)とローリー(Lowry)は,酸と塩基の定義に $\ce{OH-}$ は必要なく,プロトン $\ce{H+}$ のみに着目すればよいとして,次のような定義を提案しました[1]

プロトンを与える能力を有するものが酸であり,プロトンを受け取る能力を有するものが塩基である。

この定義は高校の化学でも説明されていますので,ある意味,最もなじみのある定義かもしれません。これまでの定義では,必ず溶媒の存在が仮定されましたが,もはや溶媒は関係なく,物質そのものが持つ能力(プロトンの授受能力)によって酸と塩基を分類するという考え方です。例えば,フッ化水素 $\ce{HF}$ が水に溶解してフッ化水素酸になる反応を考えてみましょう。

$$\ce{HF(g) + H2O(l) <=> H3O+(aq) + F-(aq)} \label{HFH2O}$$

左から右への正反応では,$\ce{HF}$ が $\ce{H2O}$ にプロトンを渡していますから,$\ce{HF}$ は酸であり $\ce{H2O}$ は塩基です。水は中性では?と思った方は鋭いです。酸性塩基塩基性の関係について整理しておきましょう。高校の教科書を確認してもらえばわかりますが,「酸性(塩基性)を示す物質を酸(塩基)という」というような書き方をしていると思います。では酸性(塩基性)とは何だ?となるわけですが,酸性とは,マグネシウムのような金属と反応して水素を発生するとか,青色リトマス紙を赤色に変えるとか,もう少し踏み込んで,$\pH$ が $7$ より小さい,というような性質が書いてあります。しかし,言葉遊びのようになってしまいますが,「酸性(塩基性)のものを酸(塩基)」と言っているだけで,「酸(塩基)は酸性(塩基性)」とは書いていないはずです。つまり,少なくとも高校化学の範囲では,酸性や塩基性という言葉を使う際には,アレニウスの定義を引きずっていて,暗に水溶液であることを前提としている点は注意が必要です。ですから,定義をブレンステッド・ローリーに拡張しておきながら,アレニウス的な考え方に基づいて「水は中性」と考えてしまうとおかしなことになります。定義を拡張した以上は反応(\ref{HFH2O})において,$\ce{H2O}$ は塩基として振る舞う,あるいはブレンステッド塩基性である,という言い方が正確です。

さて今度は反応(\ref{HFH2O})の逆反応を考えてみましょう。オキソニウムイオン $\ce{H3O+}$ がフッ化物イオン $\ce{F-}$ にプロトンを渡す反応です。したがって,$\ce{H3O+}$ は酸,$\ce{F-}$ は塩基としてはたらいていることがわかります。このように,ブレンステッド・ローリーの定義では,酸と塩基が反応することで,酸からは塩基が生じ,塩基からは酸が生じます。酸から生じた塩基を共役塩基(conjugate base),塩基から生じた酸を共役酸(conjugate acid)といいます。反応(\ref{HFH2O})では,$\ce{H3O+}$ が共役酸,$\ce{F-}$ が共役塩基です。

別の例を考えましょう。水とアンモニアからアンモニア水ができる反応です。

$$\ce{H2O(l) + NH3(g) <=> NH4+(aq) + OH-(aq)}$$

アンモニア分子 $\ce{NH3}$ はプロトンを受け取っていますので塩基です。つまり,アレニウスの定義では塩基と分類できなかったアンモニアが,ブレンステッド・ローリーの定義では塩基として分類できたことになります。ところで,この反応では水 $\ce{H2O}$ がプロトンを渡していますので,水は酸としてはたらいています。このように,ブレンステッド・ローリーの定義では,酸と塩基は相手あってのものですので,相手次第で(プロトンを持っていればですが)酸として振る舞うこともあれば,塩基として振る舞うこともあります。例えば,反応(\ref{HFH2O})で登場したフッ化水素は,水中では $\ce{H2O}$ にプロトンを与える酸ですが,フルオロ硫酸 $\ce{HSO3F}$ [2]中ではフルオロ硫酸からプロトンを受け取って $\ce{H2F+}$ となりますので塩基です。このような,酸としても塩基としてもはたらく性質のことを両性(amphoteric)といいます。

さて,プロトンの授受に基づく定義は酸・塩基の概念を大きく広げました。しかし,授受しているものの本質は本当にプロトン,すなわち水素原子の原子核で良いのでしょうか。他の原子の原子核ではなぜいけないのでしょう[3]。いや,実は黒幕は原子核ではなくて,電子なのではないか。ブレンステッド塩基はプロトンを受け取ると言っているけれど,実は逆で,プロトンに電子を与えているのではないか,そして,酸は反対に電子を受け取っているのではないか。そういった考えに基づいて酸・塩基を定義するのが,次に紹介するルイス(Lewis)による定義です[4]

電子対の授受に基づく定義

酸と塩基の本質は本当にプロトンなのか。プロトンという縛りをなくすることで,酸と塩基の世界をさらに大きく広げることができます。ルイスは 1923 年に次のような酸・塩基の定義を提唱しました。

電子対を受け取る能力を有するものが酸であり,電子対を与える能力を有するものが塩基である。

最も基本的な,水溶液中での中和反応を考えてみましょう(非共有電子対は説明に必要な箇所のみ書いています)。

$$\ce{H+(aq) + :\!OH-(aq) -> H2O(l)}$$

アレニウスの定義に基づけば,酸 $\ce{H+}$ が塩基 $\ce{OH-}$ と結び付くのが中和です。ブレンステッド・ローリーの定義では,$\ce{H+}$ は酸そのもの,$\ce{OH-}$ はプロトンを受け取るから塩基です。そして,ルイスによる定義に基づくと,$\ce{H+}$ は $\ce{:\!OH-}$ が持っている電子対 $:$ を受け取るから酸,そして $\ce{:\!OH-}$ は $\ce{H+}$ に電子対を与えるから塩基となります。どの定義を用いたとしても,酸は酸,塩基は塩基です。それでは,ルイスの定義のメリットは何でしょうか。次に金属イオンの水和反応(配位反応)を考えてみます。

$$\ce{Co^{3+} + 6H2O\!: -> [Co(OH2)6]^{3+}}$$

この反応ではプロトンが関与していません。したがって,ブレンステッド・ローリーの定義では,これは酸塩基反応ではありません。しかし,定義をルイスにまで広げると,$\ce{Co(III)}$ イオンは水分子が持つ電子対を受け取るから酸,水は電子対を与えるから塩基と分類でき,この反応を酸塩基反応ととらえることができるようになります。別の例として,一酸化炭素中毒はヘモグロビン Hb 中の $\ce{Fe(II)}$ イオンに一酸化炭素 $\ce{CO}$ が強く結合することで,酸素運搬が阻害されて起こる症状ですが,この結合反応は,$\ce{Fe(II)}$ イオンがルイス酸,$\ce{CO}$ がルイス塩基としてはたらいている酸塩基反応です。

$$\ce{HbFe^{II} + CO -> HbFe^{II}\!:\!CO}$$

ルイスによる定義の方が ブレンステッド・ローリーの定義よりも広く,すべてのブレンステッド酸はルイス酸で,すべてのブレンステッド塩基はルイス塩基です(逆は成り立ちません)。与えるものと受け取るものが違うだけで,定義の複雑さ(難易度)という意味で,ルイスとブレンステッド・ローリーに大きな違いがあるわけではないので,それであればブレンステッド・ローリーはやめて,ルイスの定義だけを今後は用いればよいのではないかと考えてしまうかもしれません。しかし(特に水溶液系では)ブレンステッド・ローリーの定義は今でも大切です。そもそもルイスによる定義はプロトンが関与しないので,$\pH$(水素イオン濃度)で酸の強さを表すことができず,それだけを考えても不便です。ですから概念としてはルイスで統一できたとしても,ブレンステッド・ローリーが使える範疇ではこちらを使うというのが実際です。

一般化の限界

これまで見てきたように,酸や塩基という物質の分類は定義により変わりうるもので,絶対的な基準があるわけではありません。本講義では,基本的には範囲を広げ,概念を一般化する順に紹介しましたが,他にもいくつかの定義が提唱されています。例えば,ルイスの定義は電子対の動きに着目しましたが,対ではなく,電子そのものの動きに注目してみてはどうでしょう。実際にこれに近い考えに基づく定義が提唱されたこともあります。しかし,皆さんご存じの通り,電子のやり取りは酸化還元反応という,また別の範疇で理解が進められている現象です。したがって,不用意に酸・塩基の範囲を広げることは,物質や反応をグループ分けして,グループごとに共通する性質を統一して理解するという目的に逆行してしまいます。誰かが提唱することと,それが広く用いられることは別問題で,少なくとも現時点ではルイスによる定義が酸と塩基の最も本質をついた定義であると考えるのが妥当です。

最終更新日 2022/10/27