1. 酸・塩基
  2. pH 計算の実際(多価)

$\pH$ 計算の実際(多価)

前節では 1 価の酸・塩基について水溶液の $\pH$ を求める方法を紹介しました。本節では多価の場合について説明します。多価の酸は一つの分子で二つ以上のプロトンを放出することができますので,それぞれのプロトン解離について $\Ka{}$ が定義できて,$\Ka{1}$,$\Ka{2}$ といったように区別します。2 価の酸 $\ce{H2A}$ を考えましょう。

\begin{alignat}{3} &\ce{H2A <=> H+ + HA-} &\hspace{2cm} &\Ka{1} = \frac{\ce{[H+]}\ce{[HA-]}}{\ce{[H2A]}} \label{dip1}\\[7pt] &\ce{HA- <=> H+ + A^{2-}} &\hspace{2cm} &\Ka{2} = \frac{\ce{[H+]}\ce{[A^{2-}]}}{\ce{[HA-]}} \label{dip2}\\[7pt] &\ce{H2A <=> 2H+ + A^{2-}} &\hspace{2cm} &\Ka{} = \Ka{1}\Ka{2} = \frac{\ce{[H+]^2}\ce{[A^{2-}]}}{\ce{[H2A]}} \label{diptot} \end{alignat}

ここで $\ce{[H+]}$ と書いたのは,それぞれの段階で放出されたプロトンという意味ではなく,最終的な全プロトン濃度を意味します。それぞれの段階で出てきたプロトン濃度を $\ce{[H+]_1}$ と $\ce{[H+]_2}$ で表記することにすれば,以下の各式が成り立ちます。$\ce{[HA-]}$ は第一段階で生じた分と第二段階で消費された分の差となります。

\begin{align} &\ce{[H+]} = \ce{[H+]_1} + \ce{[H+]_2} \label{hh1h2} \\[10pt] &\ce{[HA-]} = \ce{[H+]_1} - \ce{[H+]_2} \\[10pt] &\ce{[H+]_2} = \ce{[A^{2-}]} \end{align}

前節の 1 価の酸に倣って考えると,式(\ref{hh1h2})では更に水由来のプロトンを加えなくてはいけないと思うかもしれません。しかし,水由来のプロトンが重要となるくらいの希薄な濃度領域であれば,二段階目のプロトン解離は無視できるほど小さいため,事実上 1 価の酸とみなして計算できます。したがってここでは水由来のプロトンは最初から考慮しないことにします。上記関係式を用いると $\Ka{2}$ を次のように書き換えることができます。

$$\Ka{2} = \frac{\left(\ce{[H+]_1}+\ce{[H+]_2}\right)\ce{[H+]_2}}{\ce{[H+]_1}-\ce{[H+]_2}} \label{k2h1h2}$$

2 価の強酸水溶液

2 価強酸の代表例は硫酸 $\ce{H2SO4}$ です。しかしこの場合でも $\pKa{1} < 0$ ですが,$\pKa{2}$ は $1.92$ と大きいので,単純に 1 価強酸の場合のプロトン数を 2 倍しても正しいプロトン濃度にはなりません。2 価強酸の $\pH$ を求める方法を考察します。

強酸 $\pKa{1} < 0$ であれば,第一段階のプロトンはすべて解離すると考えてよいので $\ce{[H+]_1}$ は仕込みの濃度 $\Cacid$ に一致します。すると式(\ref{k2h1h2})は $\ce{[H+]_2}$ に関する 2 次方程式となりますので,これを解いて得られた $\ce{[H+]_2}$ と $\ce{[H+]_1}=\Cacid$ から全プロトン濃度 $\ce{[H+]}$ が求まります。

\begin{align} &\ce{[H+]_2} = \frac{-(\Cacid +\Ka{2}) + \sqrt{\Cacid^2 + 6\Cacid\Ka{2} + \Ka{2}^2}}{2} \\[10pt] &\ce{[H+]} = \Cacid + \ce{[H+]_2} \end{align}

$\Cacid \gg \Ka{2}$ の場合

この条件では二段階目のプロトン解離により生じる $\ce{[H+]_2}$ が $\ce{[H+]_1}$ に対して無視できますので $\ce{[H+]_1} \pm \ce{[H+]_2} \approx \ce{[H+]_1}$ と近似でき,式(\ref{k2h1h2})は簡略化されて $\Ka{2} \approx \ce{[H+]_2}$ となります。したがってプロトン濃度は次式で求まります。

$$\ce{[H+]} = \Cacid + \Ka{2} \label{cacidka2}$$

$0.6\unit{M}$ 硫酸水溶液の $\pH$ を求めます。$\Ka{2} = 1.2\times 10^{-2}$ とします。

このくらいの濃度になると実際には濃度と活量の差が気になりますが,ここでは練習問題なので活量は考えないことにします。$\,\Cacid > \Ka{2}$ なので式(\ref{cacidka2})が使えます。

$$\ce{[H+]} = 0.6 + 1.2\times 10^{-2} = 0.612$$

これより $\pH\,0.21$ と求まります。

$1.5\times 10^{-2}\unit{M}$ 硫酸水溶液の $\pH$ を求めます。

$0.05\,\Cacid > \Ka{2}$ が成り立ちませんので式(\ref{k2h1h2})を使って $\ce{[H+]_2}$ を求めます。

\begin{align} &\ce{[H+]_2} = \frac{-(\Cacid + \Ka{2})+\sqrt{(\Cacid + \Ka{2})^2 + 4\Cacid\Ka{2}}}{2} = 5.53\times 10^{-3} \\[10pt] &\ce{[H+]} = 1.5\times 10^{-2} + 5.53\times 10^{-3} = 0.0205 \end{align}

これより $\pH\,1.69$ と求まります。なお式(\ref{cacidka2})を使うと $\pH\,1.57$ と算出されます。

2 価の弱酸水溶液

2 価の弱酸として頭に浮かぶものとして炭酸 $\ce{H2CO3}$,シュウ酸 $\ce{(COOH)2}$,硫化水素 $\ce{H2S}$ などがありますが,これらを含む 2 価弱酸においては,ほとんどが $\Ka{1} \gg \Ka{2}$ を満たします。これは第一段階目のプロトン解離によって分子が負に帯電するので,そこから正電荷をもつプロトンがさらに解離するには大きな安定化が必要となるためです。この条件をみたすとき,二段階目のプロトン解離は無視できますので,1 価弱酸とみなして $\pH$ を求めることができます。

$\Ka{1}$ と $\Ka{2}$ が近い値をとる稀な例として,例えば長鎖アルキル基の両末端にカルボキシル基がついたジカルボン酸など,二つのプロトン解離部位が離れていて互いに独立して存在している場合などがあると思いますが,この場合は逆に独立しているのですから,酸の実効濃度が $\Cacid$ の 2 倍であるとしてやはり 1 価弱酸扱いで $\pH$ を求めることができます。

$1.0\times 10^{-2}\unit{M}$ のシュウ酸(oxalic acid)水溶液の $\pH$ を求めます。$\pKa{1}=1.25$,$\pKa{2}=3.81$ とします。

$\Ka{1}=5.6\times 10^{-2}$,$\Ka{2}=1.5\times 10^{-4}$ です。$0.05\,\Ka{1} > \Ka{2}$ を満たすので,1 価弱酸とみなして計算します。初めに $\ce{[H+]}=\sqrt{\Cacid\Ka{1}}=0.0237\unit{M}$ と出してみますが,これは $0.05\,\Cacid>\ce{[H+]}$ を満たしません。よって 2 次方程式を解くことにします。

$$\ce{[H+]} = \frac{-\Ka{1}+\sqrt{\Ka{1}^2 + 4\Cacid\Ka{1}}}{2} = 8.66\times 10^{-3}\unit{M} \label{oxaapp}$$

これより $\pH\,2.06$ を得ます。

大抵の場合は上記の近似で大丈夫ですが,$\Ka{1} \gg \Ka{2}$ とは言えない場合もあり得ます。例えばテレフタル酸(terephthalic acid)は $\pKa{1}=3.54$,$\pKa{2}=4.34$ と報告されており,$\Ka{1} \gg \Ka{2}$ とは言い切れなくなってきます。このような場合は覚悟して質量均衡(物質収支)と電荷均衡からプロトン濃度を求めるしかありません。

\begin{align} &\Cacid = \ce{[H2A]} + \ce{[HA-]} + \ce{[A^{2-}]} \label{massb}\\[10pt] &\ce{[H+]} = \ce{[OH-]} + \ce{[HA-]} + \ce{2[A^{2-}]} \label{chab} \end{align}

式(\ref{dip1})と(\ref{dip2})を使って式(\ref{massb})を変形します。

$$\Cacid = \frac{\ce{[H+]}\ce{[HA-]}}{\Ka{1}} + \ce{[HA-]} + \frac{\Ka{2}\ce{[HA-]}}{\ce{[H+]}} = \ce{[HA-]}\left(\frac{\ce{[H+]}}{\Ka{1}} + 1 + \frac{\Ka{2}}{\ce{[H+]}}\right) \label{rel1}$$

一方,式(\ref{chab})と(\ref{dip2})からは次の関係式を得ます。

$$\ce{[H+]} - \ce{[OH-]} = \ce{[H+]} - \frac{\Kw}{\ce{[H+]}} = \ce{[HA-]}\left(1 + \frac{2\Ka{2}}{\ce{[H+]}}\right) \label{rel2}$$

式(\ref{rel1})と(\ref{rel2})から $\ce{[HA-]}$ を消去すると次の関係式を得ます。

$$\frac{\Cacid}{\ce{[H+]} - \frac{\Kw}{\ce{[H+]}}} = \frac{\frac{\ce{[H+]}}{\Ka{1}} + 1 + \frac{\Ka{2}}{\ce{[H+]}}}{1 + \frac{2\Ka{2}}{\ce{[H+]}}}$$

これを整理すると $\ce{[H+]}$ に関する 4 次方程式となります。

$$\ce{[H+]^4} + \Ka{1}\ce{[H+]^3} + (\Ka{1}\Ka{2} - \Cacid\Ka{1} - \Kw)\ce{[H+]^2} - (\Ka{1}\Kw + 2\Cacid\Ka{1}\Ka{2})\ce{[H+]} - \Ka{1}\Ka{2}\Kw = 0 \label{H4ord}$$

式(\ref{H4ord})を解くことでプロトン濃度が求まりますが,一般に 4 次方程式を解くことは簡単ではありません。コンピュータを使って近似解を求めるのが現実的です。

上で近似解を求めた $1.0\times 10^{-2}\unit{M}$ シュウ酸水溶液の $\pH$ を 4 次方程式を解いて求めます。

$\ce{[H+]^4}$ の項から次数が小さくなる順に係数を計算すると $1$,$5.6\times 10^{-2}$,$-5.516\times 10^{-4}$,$1.68\times 10^{-7}$,$-8.4\times 10^{-20}$ となります。4 次方程式を解く前に近似を考えてみます。最後二つの係数はとても小さいので無視して,全体を $\ce{[H+]^2}$ で割ると 2 次方程式になります

$$\ce{[H+]^2} + \Ka{1}\ce{[H+]} + (\Ka{1}\Ka{2} - \Cacid\Ka{1} - \Kw) = 0$$

$\Ka{1}\Ka{2}$ と $\Kw$ も $\Cacid\Ka{1}$ と比べてとても小さいのでゼロとみなしてしまいましょう。

$$\ce{[H+]^2} + \Ka{1}\ce{[H+]} - \Cacid\Ka{1} = 0 \label{app}$$

式(\ref{app})の解は実は式(\ref{oxaapp})そのものです。このことからも上の近似が妥当であることが伺えますが,せっかくなので 4 次方程式を解きましょう。解き方は色々あると思いますが,私は MATLAB というソフトを使いました。フリーのソフトや Excel,関数電卓でも解けると思いますが解き方については省略します。結果,方程式の解として $-0.0646$,$0.0083$,$3.41468\times 10^{-4}$,$5.0\times 10^{-13}$ の四つが得られました。このうち最初はマイナスなので物理的に意味をなさないため却下,最後もこれでは塩基性になってしまうので却下。悩ましいのは真ん中の二つです。$\pH$ に直すとそれぞれ $2.08$ と $3.50$ になり,どちらもなくはない数字です。ここまでくると濃度や $\pKa{1}$ などの条件や近似解から当たりをつける必要があって,上の近似解が $2.06$ ですから $2.08$ が採用となります。

このように 4 次方程式を解く方法は近似が入らない一方,解の候補が複数になり,そこから物理的な考察によって解をひとつに絞り込む必要があります。

$1.0\times 10^{-4}\unit{M}$ テレフタル酸水溶液(ほぼ飽和溶液です)の $\pH$ を求めます。$\Ka{1}=2.88\times 10^{-4}$,$\Ka{2}=4.57\times 10^{-5}$ とします。

上で述べたように $\Ka{1}$ と $\Ka{2}$ が近いので,素直に 4 次方程式を解くことにします。係数の詳細は省略しますが,幸い解のうち三つは負値のため棄却できて $\pH\,3.98$ と求まります。なお 2 次方程式で近似した場合は $\pH\,4.10$ となるので,この場合 4 次方程式を解く必要があることが分かります。

3 価以上の場合

リン酸 $\ce{H3PO4}$ のようにプロトンを三つ以上放出しうる物質も存在しますが,$\Ka{3}$ 以降は極めて小さくなりますので $\pH$ 計算においては考慮する必要はありません。

最終更新日 2024/01/08