リン(燐)
りん
phosphorus
リンは原子番号
現在では単体のリンやリンを含む無機物は主にリン鉱石から製造されますが,リン元素の発見は鉱物からではなく,生体由来の物質からブラント(Hennig Brand)によってリンが単離されたことに端を発します(1669 年)。下の絵画を見たことがある方もいると思います。この絵はブラントがリンを発見した現場を構図にしたもので,ちょっと強調しすぎのような気はしますが,暗闇で光るというリン(正確には白リン)の性質を描き表しています。

ブラントは錬金術師でしたので,彼の本来の目的は新元素の発見ではなく,金を産み出すことにありました。上で「生体由来の物質」と書きましたが,彼は「尿には銀を金に変える力がある」と考え(まぁ黄金色ですし...),大量の尿を集めて腐食させ,それを濃縮するという実験を行っていました。もちろん錬金には成功しませんでしたが,その代わり,新元素の発見という歴史に名を残す偉業を成し遂げたわけです。いやはや,腐った尿を煮詰めるなどとは,偉人の発想というのは凡人には理解しがたいものです。現代でしたらノーベル賞とイグノーベル賞をダブル受賞すること間違いないでしょう。ブラントの後ろに暗く描かれているのはお母ちゃんと息子でしょうか。驚きの発見にワクワクを隠せないブラントの表情とは対照的に,後ろの二人はあきれ顔に見えなくもありません。この時代の実験器具は粗末なものですから,濃縮時には恐らく臭いも蒸気も漏れ出たことでしょう。
リン資源
単体のリンは天然には存在しません。しかし,生体には核酸,アデノシン三リン酸(ATP),リン脂質そして骨などとして多くのリンが含まれており,リンが尿から発見されたということからも分かるように,排泄物にはリンが含まれます。特に海鳥の糞が堆積して化石化したものはグアノ質リン鉱石といって貴重なリン資源で,かつては日本でも沖大東島で採掘が行われていましたが,今では世界中でほとんど採掘され尽くしてしまい,資源としては枯渇してしまいました。
現在の主要なリン資源は古生物が起源のリン鉱石で,日本は全量を輸入に頼っています。リン鉱石というのはリンの原料となる鉱石の総称みたいなもので,リン酸カルシウム
アパタイトの化学組成は
虫歯予防のために歯医者でフッ素を塗布してもらったり,フッ素入りの歯磨き粉を用いたりすることがあります。この場合のフッ素とはもちろん
製造
主たるリン鉱石はリン酸カルシウムではなく,リン灰石であると上で述べましたが,単体のリンの製造に関わる反応を考える限りにおいては,リン酸カルシウムの反応を考えることで説明ができ,以下の化学式に集約することができます。
この反応は,リン鉱石にケイ砂とコークスを加えて
鉄の製錬では,鉄鉱石にコークスと石灰石(炭酸カルシウム)を加え,高炉で溶かして銑鉄を得ます。この場合の石灰石の役割は,カルシウムイオンが鉄鉱石中の不純物である
白リンは,四つのリン原子が正四面体の各頂点を占めるような構造を持つ分子性の物質
一方,蒸留により得られる冷却前の気体のリンは,
上で述べたように,黄リンは厳密にはリンの同素体ではなく,不純物を含む白リンであると考えられていますが,日本語の教科書ではリンの同素体として黄リンと書いてあることがまだまだ多いようです。一方,英語の教科書を見ると yellow phosphorus の表記はなく,white phosphorus とだけ書かれたものが目立ち,扱いを比べると,日本では単体リンについての認識がやや遅れているように感じます。
白リンは化学的に活性で,発火点が
赤リン(red phosphorus)は,白リンを酸素に触れないようにして
白リンをビスマスの存在下で封管して加熱すると紫リン(violet phosphorus)が得られます。一方,白リンを加圧下で加熱すると(あるいは十分に加圧すれば室温で)金属光沢を有する黒リン(black phosphorus)が生成します。黒リンはリンの同素体の中では熱力学的に最も安定なものです。熱力学では,指定温度において,
リンの利用
リンは肥料としての利用が重要で,上述のように日本はリン鉱石のすべてを輸入に頼っていますので,リン資源の確保は国の農業を左右する重大事項です。また,肥料に限らず,多くの工業製品でリンを含む物質が利用されており,その範囲は燃料電池の電解質から食品添加物や医薬品に至るまで広く,また農薬や殺虫剤のような薬品にもリンが含まれるものがあります。
ここでは昔からの利用の一つとして,マッチについて触れておきます。現代ではマッチも過去のものとなりつつありますが,それでも軽くて安くてコンパクトなマッチは,着火源として今でも有用です。私たちが目にする下の写真のようなマッチは安全マッチと呼ばれる赤リンを利用したもので,1855 年頃に発明されたものです。

安全マッチの発明までは,1826 年に発明された黄リンを用いた黄リンマッチが用いられていて,マッチ売りの少女が売っていたマッチも,この童話の初出が安全マッチが発明される前の 1845 年であることを考えると,黄リンマッチであったものと思われます。黄リンマッチの特徴は,どこで擦っても発火するという点で,便利な反面,持ち運びなどで勝手に発火しますし,黄リンの毒性による事故も多発しました。そこで自然発火せず,毒性の心配もない赤リンを利用した安全マッチが開発され,現在のマッチの原型となりました。黄リンマッチは日本では 1919 年に使用が禁止されています。
マッチとマッチ箱の写真が上にありますが,赤リンはどこに使われているかご存じですか?なんとなくマッチ棒の先端に塗られている頭薬に赤リンが含まれているような気がしますが,実はそうではなく,赤リンはマッチ箱の側面のマッチを擦る場所(側薬)に使われています。頭薬として塗られているのは燃焼を継続させるための塩素酸カリウム
火のないところに煙は立たずと言いますが,マッチの側薬を剥がして灰皿で燃やすとタール状の物質が残ります。これを指先につけて擦り合わせると,あら不思議,火のないところから煙が出てきます。リンの酸化物が指先の水分と反応して煙(のようなもの)が生成するようです。昔は子供の遊びとしてよく知られていて,私も何度も試した思い出がありますが,時代は変わりましたので,お試しの際はくれぐれも自己責任(保護者の方とご一緒に)でお願いします。
最終更新日 2023/02/12