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配位子場理論1

有機化合物の化学結合や分子構造を論じる際には,炭素の原子軌道の線形結合によってつくられる $\ao{sp^3}$,$\ao{sp^2}$,$\ao{sp}$ 軌道といった混成軌道を考えることが一般的です。混成軌道からつくられる化学結合は,化学結合をつくる原子同士が電子を出し合うという,原子価結合法(valence bond method,VB 法)に基づいた考え方です。$\ao{d}$ 軌道が関わる金属錯体においても,これと同様に $\ao{sp^3d}$,$\ao{sp^3d^2}$ などの $\ao{d}$ 軌道を含む混成軌道を用いることで,結合や構造を議論することができます。しかし,一般には分子軌道法(molecular orbaital method,MO 法)の方が汎用性が高いため,ここでは MO 法に基づいた錯体の結合を考えることにします[1]

MO 法に基づく $\grp{O}{h}$ 型錯体の結合

分子軌道法(MO法)では,金属イオンと配位子の間の結合は共有結合であると考えます。その際,個々の配位子がそれぞれ金属イオンと結合するという考え方ではなく,6つの配位子を組み合わせてできるグループ軌道というものを最初に考えて,そのグループ軌道と,金属イオンの原子軌道との軌道間の相互作用を考えるというステップを踏むことで,金属錯体がもつ高い対称性を有効に利用することができます[2]

例えば,六配位正八面体型錯体でグループ軌道を考えるというのは,6つの配位子の原子軌道で,配位結合の形成に関わるものの線形結合をとって,新しい塊としての軌道を作り,その塊と金属イオンとの相互作用を考えることを言います。今,下図にあるように各配位子に1から6の番号をつけて,個々の配位子の $\sigma$ 結合をつくる原子軌道を $\sigma_1$ のように表します。そして例えば,これら6つの $\sigma$ 結合を作る原子軌道がすべて同位相で線形結合すると,$\sigma_1+\sigma_2+\sigma_3+\sigma_4+\sigma_5+\sigma_6$ というグループ軌道ができます。この軌道は,すべて足し算の線形結合ですので,この塊にどのような対称操作を行っても,グループ軌道の符号が反転することはありません。すなわち,このグループ軌道の対称性は全対称で,群論の記号を用いると $\grp{a}{1g}$ と表されます。グループ軌道と金属イオンの原子軌道は,対称性が同じもの同士で相互作用します[3]。原子軌道で全対称なものというのは,球対称の $\ao{s}$ 軌道ですので,$\grp{a}{1g}$ グループ軌道は,金属イオンの $\ao{s}$ 軌道と相互作用して,結合性軌道と反結合性軌道が生じることになります。

六配位正八面体型錯体のa1gグループ軌道

このように,6つの配位子を組み合わせると,以下で示すような,全部で6つのグループ軌道を作ることができます[4]

六配位正八面体型錯体のグループ軌道一覧

六配位正八面体型錯体のグループ軌道

この表と図からわかるように,金属イオンの $\ao{p}$ 軌道と相互作用するのは,3重縮退した $\grp{t}{1u}$ 対称のグループ軌道です。また $\grp{e}{g}$ グループ軌道は,対応する $\ao{d}$ 軌道と相互作用します。一方,配位子からなるグループ軌道には,$\grp{t}{2g}$ の対称性を持つものはありません。従って,金属イオンの $\grp{t}{2g}$ 軌道は,配位子とは $\sigma$ 結合を作らず,非結合性軌道となります。これをまとめたのが下の図になります。

グループ軌道と金属イオンの相互作用

こうして生じた分子軌道(MO)のうち,結合性の $\grp{a}{1g}$,$\grp{t}{1u}$,$\grp{e}{g}$ 軌道には全部で12個の電子を収めることができます。一方,配位子から供与される電子の数は,全部で $2\times 6 = 12$ 個ですので,これらの結合性軌道はすべて配位子由来の電子が占有する勘定になります。従って,金属イオンがもつ $\ao{d}$ 電子は,その上の非結合性の $\grp{t}{2g}$ 軌道と,反結合性の $\grp{e}{g}^*$ 軌道に収まることになります。これが分子軌道法に基づく $\grp{t}{2g}$ 軌道と $\grp{e}{g}$ 軌道の分裂の解釈であり,このような分裂を引き起こす要因を配位子場(ligand field)といいます。結晶場理論における $\grp{e}{g}$ 軌道が,配位子場理論では反結合性軌道として表される点が重要です。