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分光化学系列

結晶場分裂パラメータ $10Dq$ の大きさは,配位子や金属イオンに依存します。$10Dq$ の値を理論的に計算する方法も研究されていますが,色々な金属錯体の $10Dq$ を実験的に求めることで,配位子や金属イオンの種類に応じた,$10Dq$ の傾向を知ることができます。実験データに基づいて,$10Dq$ の大きさの順に配位子や金属イオンを並べたものを分光化学系列(spectrochemical series)といいます。

配位子の影響

以下に $10Dq$ が小さい順に配位子を並べた分光化学系列を示します。配位できる原子が 2 種類ある場合は,配位原子を赤色で示しています

\begin{align*} &\ce{I-}<\ce{Br-}<\ce{\textcolor{red}{\mathrm{S}}CN-}<\ce{Cl-}<\ce{N\textcolor{red}{\mathrm{O}}_2-}<\ce{N3-}<\ce{F-}<\ce{OH-}<\ce{C2O4^{2-}}<\ce{O^{2-}}<\ce{H2O} \\ &<\ce{\textcolor{red}{\mathrm{N}}CS-}<\ce{CH3CN}<\ce{NH3}<\ce{py}<\ce{en}<\ce{bpy}<\ce{phen}<\ce{\textcolor{red}{\mathrm{N}}O2-}<\ce{PPh3}<\ce{CN-}<\ce{CO} \end{align*}

例外はありますが,まずは大まかに「ハロゲン $<\ \ce{O}\ <\ \ce{N}\ <\ \ce{C}$」の順(周期表の並びの逆順)になっていることを把握して,そのあとで細かい内訳を確認すると見通しが良いです。ハロゲン化物イオンは,サイズが大きいほど,配位子場が弱い($\ce{I-}<\ce{Br-}<\ce{Cl-}<\ce{F-}$)ことがわかります。これはサイズが小さいイオンでは,負電荷が軸方向に集中するため,より大きな静電反発を与えるためであると考えることができます(イオンのサイズが大きいと,電荷が軸から外れた方向に分散します)。一方,$\ce{OH-}$ と $\ce{H2O}$ を比べると,電荷を持っている $\ce{OH-}$ の方が小さい $10Dq$ を与えることや,$\ce{PPh3}$ や $\ce{CO}$ などの中性配位子が大きな $10Dq$ を与える理由は,結晶場の考え方だけからは説明が難しく,これを理解するには後で学習する配位子場の考え方が必要となります。

金属イオンの影響

次に,金属イオンの違いによる $10Dq$ の大きさの傾向を示します。

\begin{align*} &\ce{Mn^{2+}}<\ce{Ni^{2+}}<\ce{Co^{2+}}<\ce{Fe^{2+}}<\ce{V^{2+}}<\ce{Fe^{3+}}<\ce{Co^{3+}} \\ &<\ce{Mo^{3+}}<\ce{Rh^{3+}}<\ce{Ru^{3+}}<\ce{Pd^{4+}}<\ce{Ir^{3+}}<\ce{Pt^{4+}} \end{align*}

これより,二つの傾向があることがわかります。ひとつは,金属イオンの酸化数が大きくなると $10Dq$ が大きくなります。第 4 周期遷移金属($3\ao{d}$ 遷移金属)2 価イオンの $10Dq$ は $7,000$ から $30,000 \wn$ 程度ですが,3 価イオンでは $12,000$ から $35,000 \wn$ 程度に増加することが知られています。一般に,酸化数が大きい金属イオンはサイズが小さく,配位結合距離が短くなります。そのため,電子間の反発が大きくなって,$10Dq$ が増加すると考えられます。

もう一つの傾向は,高周期元素であるほど,$10Dq$ が大きくなるということです。$3\ao{d}$ 遷移金属の 3 価イオンで $12,000$ から $35,000 \wn$ 程度の $10Dq$ が,$4\ao{d}$ 遷移金属の 3 価イオンでは $20,000$ から $40,000 \wn$ 程度に増加します。$3\ao{d}$ 軌道よりも $4\ao{d}$ 軌道の方がサイズが大きく,金属イオンから大きく外側に張り出しているため,配位子の接近に伴って,負電荷をより強く感じやすいためであると考えられます。

最終更新日 2023/02/26