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錯体の結合

配位化合物が持つ化学結合の中で,最も重要なものは金属イオンと配位原子との間の結合です。これにはイオン結合性が強いものもありますが,いわゆる配位結合として知られる結合は,配位子の非共有電子対が金属イオンに供与されて形成される共有結合です。従って,錯形成反応は,Lewis の定義による酸塩基反応の結果と見ることもできます。

錯体の化学結合を考えるうえで,特に,金属イオンの $\ao{d}$ 軌道が化学結合とどのような関係を持つかという視点は重要です。本節では原子軌道関数(atomic orbital)について簡単に復習し,次節で結晶場(crystal field)について説明します。結晶場は,錯体の結合とは直接は関係なく,錯体の電子構造を考えるときに重要になるのですが,結晶場の発展形である配位子場(ligand field)と配位結合には密接な関係がありますので,電子構造を本格的に学習する前に,結晶場についても先取りして学習します。

原子軌道関数

原子軌道関数は基礎化学の学習範囲ですので,ここでは簡単な説明にとどめます。必要に応じて,基礎化学の復習をしてください。原子軌道関数は,原子核と電子1つからなる,水素類似原子についての Schrödinger 方程式の解析解であり,動径関数 $R_{n,\ell}(r)$ と球関数 $\Y{\ell}{m}(\theta,\phi)$ の積で表されます。球関数は,さらに $\theta$ 成分のみを含む $\Theta_{\ell,m}(\theta)$ と,$\phi$ 成分のみを含む $\Phi_m(\phi)$ の2つの関数に変数分離できます[1]。極座標 $\bit{r} = (r,\theta,\phi)$ についてはこちらで解説しています。

\begin{equation} \varphi_{n,\ell,m}(\bit{r}) = R_{n,\ell}(r)\,\Y{\ell}{m}(\theta,\phi) = R_{n,\ell}(r)\,\Theta_{\ell,m}(\theta)\,\Phi_m(\phi) \end{equation}

原子軌道関数は一般には複素関数ですが,実用上は実関数に変換して用いた方が便利であり,$\ao{p}$,$\ao{d}$ 軌道というと,暗に実関数を意味することが多いです。原子軌道関数を実関数に変換するには,縮退した波動関数の線形結合はやはり波動関数である,という量子化学の基本原理を利用します。実関数に変換した後の原子軌道関数の角度成分を $\ao{p}_x$,$\ao{p}_y$,$\ao{p}_z$ などと表します。

原子軌道関数のエネルギーは主量子数 $n$ のみに依存します[2]。従って $n=3$ の $\ao{3d}$ 軌道の場合,$\varphi_{3,2,0}$,$\varphi_{3,2,\pm 1}$,$\varphi_{3,2,\pm 2}$ 軌道は縮退した複素関数であって,これらの線形結合をとって実関数化し,規格化した $\ao{d}$ 軌道の角度成分が $\ao{d}_{xy}$,$\ao{d}_{yz}$,$\ao{d}_{zx}$,$\ao{d}_{3z^2-r^2}=\ao{d}_{z^2}$,$\ao{d}_{x^2-y^2}$ 軌道です。

下に,実関数化した原子軌道関数の具体的な関数形を示します。

原子軌道関数