1. 化学熱力学
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熱力学第一法則

熱力学第一法則は物理学の土台となるエネルギー保存則(law of conservation of energy)を熱力学に適用したものです。エネルギー保存則は「エネルギーは外から与えられたり,外に出て行ってしまったりしない限り,自然に減ったり増えたりしない。最初と最後の状態を比べると,エネルギーの形態は変わっているかもしれないが,それらを合わせた全エネルギーは保存されていて変わらない」というものでした。これも私たちの経験から正しいだろうと考えて,証明なしに公理として受け入れている原理です。物理学発展の歴史の中で「エネルギー保存則が成り立っていないんじゃないか?」と疑われる局面がありましたが,幸い疑いは晴れて,今のところ反例は見つかっていません。これを熱力学に適用して第一法則にするには,いくつか用語を約束しておいた方がシンプルに記述できます。

内部エネルギー

ある系の内部にあるエネルギーの全体をその系の内部エネルギーと定義し,通常 $U$ で表します。ただし,系の中には系を構成する分子の運動や回転,原子核と電子の間のクーロンエネルギー,はたまた $E=mc^2$ で示された質量とエネルギーの等価性まで,内部エネルギーに寄与する要素は理論的に多岐にわたるため,内部エネルギーは系の熱平衡状態を特徴づける物理量の一つではあるものの,その絶対値を知るのは困難です。そのため,熱力学の議論では,内部エネルギーの変化量のみに着目するのが実用的です。熱力学では物理量と物理量の変化量を区別しますので,ややくどい表現ですが,次の約束をします。

ある系の状態が変化したとき,変化の前後での系の内部にあるエネルギーの変化量を内部エネルギー変化という。

内部エネルギー変化は $\Delta U$,あるいは微小変化であれば $\diff U$ で表され,$\Delta U = U_\mathrm{f} - U_\mathrm{i}$($U_\mathrm{f}$ と $U_\mathrm{i}$ はそれぞれ終状態と始状態の内部エネルギー)です。以降の議論では,他の物理量(状態量)も同じ約束と表記法により変化量を表すこととします。始状態と終状態で変化しない(あるいは変化しないとみなせる)エネルギーに関しては,$\Delta U$ に影響を与えません。内部エネルギーの内訳が知りたいとき,例えば,単原子分子からなる系であれば,分子の並進運動エネルギーは(温度によって変わるので)内部エネルギーの成分として考慮するのが合理的ですが,よほど極端な状況でなければ単原子分子の質量がエネルギーに変換されることは考えなくてよいでしょう。もし始状態と終状態の間に化学反応が起こるのであれば,結合エネルギーも考慮する必要がありそうです。このように,熱力学を議論する上では,内部エネルギーを構成するエネルギーのうち,今考えている問題に必要な変化するエネルギーだけを取り出して考えることになります。

仕事と熱

系の内部エネルギーを変化させる要因として,仕事(work)と(heat)を以下で定義します。

系に対して,外界からの物理的な作用により,系を構成する分子,原子,電子などの粒子に方向性を有した秩序ある動きが生じ,その結果として系に巨視的な状態の変化が生じたとき,その作用によるエネルギーのやりとりを仕事と定義する。

ここでの「秩序ある動き」というのは,粒子の運動が整然と統一された方向性を持つことをいいます。シリンジ中の気体をピストンで押せば,気体分子が押された方向に揃って動きますので,「押す」という力の作用によるエネルギーのやり取りは仕事です。電位差が存在すると,電子に秩序ある動きが生まれ,外界から(電子がいる)系へエネルギーが供給されます。このエネルギーは,(例えば電熱線のような)系内部でジュール熱として散逸し,最終的には温度上昇といった巨視的な変化を引き起こします。このように,電場や磁場などの場による外界の作用によってエネルギーのやりとりが生じた場合も,それを仕事とみなします。

仕事に分類されず,かつ外界との間の物質の出入りによらない,系と外界との間のエネルギーのやりとりを(heat)と定義する。

仕事が系を構成する粒子の秩序ある動きがあるかどうかで判断されるのですから,その基準を満たさないエネルギーのやりとり,すなわち熱とは,系と外界の間の温度差などを要因として,無秩序な構成粒子の運動の変化を伴って生じるエネルギーのやりとりです。「物質の出入りによらない」というのは,物質の出入りにともなう系の内部エネルギーの変化を除外するためですが,少なくとも閉じた系を仮定するのであれば気にする必要はありません。

断熱系(熱による外界とのエネルギーのやりとりがない,すなわちエネルギーをやりとりできるのは仕事だけ)に対して外界から仕事 $w$ がなされると,(エネルギーが熱として外に出て行かないので)系の内部エネルギー $U$ が仕事として与えられたエネルギーの分だけ増加します。すなわち $\Delta U = w$ です。反対に,断熱系が外界に対して仕事を行うと,系の $U$ は行った仕事に相当する分のエネルギーだけ減少します。この場合も $w$ が負の値を表す($w < 0$)として($\Delta U = -w$ ではなく) $\Delta U = w$ で表すのが一般的です。系に仕事が与えられた場合であっても,系の内部に入って熱平衡状態に達してしまえば,仕事の分のエネルギーは熱エネルギーや,化学反応を伴うのであれば結合エネルギーなどに変換されてしまっています。すなわち,系の中のエネルギーだけ見ても,それがもともと仕事として与えられたのか,熱として与えられたのかは分かりません。

熱力学第一法則

ここまでの議論を踏まえ,熱力学第一法則を以下のように定めます。

閉じた系の内部エネルギー変化 $\Delta U$ は,仕事により系が受け取るエネルギー $w$ と,熱により系が受け取るエネルギー $q$ の和に等しい。

$$\Delta U = w + q \label{fstlw}$$

式\eqref{fstlw}では仕事 $w$ や 熱量 $q$(による内部エネルギー変化)は,系が外界からエネルギーを受け取る場合を正,系が外界にエネルギーを与える場合を負とすると約束しています。ただし,特に $q$ に関しては便宜的に「常に正の値」であるとし,「熱を受け取る」や「熱を捨てる」などの言葉を使ってエネルギーが移動する方向を区別する説明の仕方もあります。この場合,数値だけからは移動の方向性は分かりませんので注意が必要です。詳しくは高校理科編 > 内部エネルギーで解説しています。

第一法則により以下が成り立ちます。

孤立系の内部エネルギーは変化しない。

外界とのやりとりが一切なく,外界の存在を考える必要がないというのが孤立系の定義でした。そうすると,系は外界からエネルギーをもらうこともなければ,外界にエネルギーを与えることもありません。形を変えることはあれども,系の内部エネルギーはずっと系の内部にとどまったままですから,孤立系であれば何が起ころうとも,外界とのやりとりがない以上 $\Delta U = 0$ です。

最終更新日 2025/08/14