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はじめに

酸・塩基(アルカリ)と並び,酸化(oxidation)と還元(reduction)も付き合いの長い用語だと思います。小学生は「ものが燃える」という現象を通して酸化反応に触れます。中学校では酸化とは「物質が酸素と化合して酸化物になること」,還元とは「酸化物が酸素を失うこと」と教わります。例えば,銅 $\ce{Cu}$ を空気中で強熱する実験では $\ce{Cu}$ が酸化されて酸化銅 $\ce{CuO}$ になり,そして加熱した $\ce{CuO}$ を水素と反応させると,$\ce{CuO}$ が還元されて単体の銅に戻ります。確かにこれらの反応をみると銅原子への酸素原子の脱着が起こっています。

\begin{align} &\ce{2Cu + O2 -> 2CuO} \label{oxCu} \\[10pt] &\ce{CuO + H2 -> Cu + H2O} \label{redCuO} \end{align}

では次の反応(\ref{oxH2S})と(\ref{H2SCl2})はどうでしょうか。反応(\ref{oxH2S})は硫化水素 $\ce{H2S}$ が酸素と反応して単体の硫黄 $\ce{S}$ が生じる反応です。この反応を酸素原子の動きで見ようとすると,その相手は水素ということになりますが,水素原子の立場で見ると反応式の左辺も右辺も相手が硫黄か酸素かの違いであって水素原子自身の立ち位置が変わっているようには見えません。また,反応(\ref{H2SCl2})に至ってはそもそも酸素が登場しません。しかしよく見ると反応(\ref{oxH2S})と(\ref{H2SCl2})はどちらも $\ce{H2S}$ から $\ce{S}$ が生じる反応である点は共通しており,何らかの統一した考えのもとで理解できそうです。

\begin{align} &\ce{2H2S + O2 -> 2S + 2H2O} \label{oxH2S} \\[10pt] &\ce{H2S + Cl2 -> S + 2HCl} \label{H2SCl2} \end{align}

こう考えてくると,そもそも最初の定義で酸素を特別視した理由はなぜだろうということになり,酸素に基づく酸化還元の定義の正当性・妥当性が揺らいできます。そこで高等学校の化学では,酸化と還元を酸素に基づくのではなく水素に基づいて考えましょう,すなわち酸化とは「物質が水素を失うこと」,還元とは「物質が水素と化合すること」と発想の転換を迫られます。反応(\ref{oxH2S})であれば $\ce{H2S}$ は水素を失って単体の硫黄になるので酸化されたことになり,酸素は水素と化合して水になるので還元されたことになります。反応(\ref{H2SCl2})であれば酸素の代わりに塩素が還元されたことになり,二つの反応を統一して理解することができます。

しかし,この定義の欠点は,反応(\ref{oxCu})には水素が登場しないことと,反応(\ref{redCuO})は水素が登場するものの,$\ce{Cu}$ は水素を得てもいないし失ってもいない点です。状況に応じて二つの定義を使い分けなくてはいけないのでしょうか。いや,酸素でもなく水素でもない黒幕がいるはずで,それは電子なのではないか。電子であれば特定の元素を特別視することなく酸化と還元を定義できる。このような考えから,酸化とは「原子が電子を失うこと」,還元とは「原子が電子を得ること」と約束してはどうかという考え方が生まれ,高等学校でもそのように習ったと思います。本講義では電子の授受に基づいた酸化還元の考え方をさらに深めます。

最終更新日 2022/07/15