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非水溶媒系

通常ブレンステッド酸の $\pKa{}$ と言えば,暗黙の内に「水溶液での $\pKa{}$」を意味しますが,既に説明したように,溶媒が水である必然性はありません。水以外の溶媒を総称して非水溶媒(nonaqueous solvent)と呼ぶことがありますが,非水溶媒中では酸や塩基が水溶液中とは異なる振る舞いをすることがあります。本節では,非水溶媒中におけるブレンステッド酸の強さについて考えます。

水平化効果

強酸($\pKa{} < 0$)のブレンステッド酸を水に溶解すると,事実上すべてのプロトンが解離して $\ce{H3O+}$ になるため,酸としての強度は実際のところは $\ce{H3O+}$ の酸としての強度ということになります。したがって,いくら強いブレンステッド酸であっても,水に溶かす限りは見かけの酸としての強さには限界があり,例えば $\ce{HBr}$($\pKa{} = -9$)と $\ce{HI}$($\pKa{} = -11$)の酸としての強さを水溶液中で比較することはできません。これを(水による)水平化効果(levelling effect)といいます。

一方,フッ化水素 $\ce{HF}$ は水よりも塩基性が小さい(酸からプロトンを受け取る能力が低い)ので,$\ce{HF}$ 中では $\ce{HBr}$ と $\ce{HI}$ の酸の強さを比べることができて,$\pKa{}$ がより小さい $\ce{HI}$ の方が強い酸として振舞います[1]。同様の考えから,$\pKb{} < 0$($\pKa{} > 14$)のブレンステッド塩基どうしの強さを水中で比較することはできません[2]

一般化して記述しましょう。ある溶媒を $\ce{Hsol}$ で表すとき,その溶媒中でブレンステッド酸 $\ce{HA}$ が電離するときの酸解離定数 $\Ka{}(\ce{Hsol})$ は次式で表されます。

$$\Ka{}(\ce{Hsol}) = \frac{[\ce{A-}][\ce{H2sol+}]}{[\ce{HA}]}$$

$\pKa{}(\ce{Hsol}) < 0$ という条件は $\Ka{}(\ce{Hsol}) \gg 1$ に相当しますので,$[\ce{HA}]$ が小さく,$[\ce{H2sol+}]$ が大きい状態です。このとき,$\ce{HA}$ の酸としての強さは $\ce{H2sol+}$ のレベルにまで水平化されるのです。では次にブレンステッド塩基 $\ce{B}$ が溶媒からプロトンを奪って $\ce{HB+}$ となる反応を考えましょう。$\Ka{}$ と $\Kb{}$ の積がイオン積 $K_\mathrm{sol}$ であることを踏まえると,共役酸 $\ce{HB+}$ の $\Ka{}(\ce{Hsol})$ は次式で表されます。

$$\Ka{}(\ce{Hsol}) = \frac{[\ce{B}][\ce{H2sol+}]}{[\ce{HB+}]} = \frac{[\ce{B}]K_\mathrm{sol}}{[\ce{HB+}][\ce{sol-}]}$$

両辺 $-\log$ をとりましょう。

$$\pKa{}(\ce{Hsol}) = \mathrm{p}K_\ce{sol} - \log \frac{[\ce{B}]}{[\ce{HB+}][\ce{sol-}]}$$

$\pKa{}(\ce{Hsol}) > \mathrm{p}K_\ce{sol}$ になるには次の条件を満たす必要があります。

$$\frac{[\ce{B}]}{[\ce{HB+}][\ce{sol-}]} \ll 1$$

これは $[\ce{B}]$ が小さく,$[\ce{sol-}]$ が大きい状態を意味しますので,このとき,$\ce{B}$ の塩基としての強さは $\ce{sol-}$ のレベルにまで水平化されるのです。

以上の議論から,ある溶媒中でブレンステッド酸・塩基が水平化されないためには,その溶媒中でのその酸・塩基の $\pKa{}$ すなわち$\pKa{}(\ce{Hsol})$ の範囲が $0< \pKa{}(\ce{Hsol}) < \mathrm{p}K_\mathrm{sol}$ であることが必要であることがわかります。ここで $\mathrm{p}K_\mathrm{sol}$ というのはその溶媒のイオン積ですので,水であれば $\mathrm{p}K_\mathrm{sol} = \pKw = 14$ です。

溶媒の自己解離に基づく酸・塩基の定義の例として,以前にアンモニアの自己解離を紹介しました。

$$\ce{2NH3(l) <=> NH4+(sol) + NH2-(sol)}$$

アンモニアのイオン積,すなわち $\mathrm{p}K_\ce{NH3} = \ce{[NH4+][NH2-]}$ は約 33 であることが知られています[3]。したがって,アンモニア溶媒中では,アンモニア中における $\pKa{}$ が $0 < \pKa{} < 33$ の範囲にある酸・塩基が水平化されません。これは水中での $\pKa{}$ に換算すると $10 < \pKa{} < 39$ 程度に相当し,アンモニア溶媒中では水中での $\pKa{}$ が大きな,弱い酸の強さを見分けることができることがわかります。これは言い換えると,強い塩基を強いまま用いることができるということであり,アンモニア溶媒を用いることで,水中では実現できないような強い塩基による化学反応を起こすことができるようになります。

最終更新日 2022/07/11