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さらし粉

さらしこ

bleaching powder

プール,あるいは水道水に独特の鼻をつくような臭いがあるとき,「カルキ臭がする」とか「カルキ臭い」と表現することがあります。このカルキとは一体何でしょう。

カルキはドイツ語由来の言葉で,Chlorkalk の後半部分 kalk を抜き出したものとされています。ドイツ語で Chlor は塩素,Kalk は石灰(生石灰 $\ce{CaO}$ や消石灰 $\ce{Ca(OH)2}$)のことです。すなわちカルキとは石灰(実際には消石灰)に塩素を吸収させたものです。生石灰ではダメなのかというと,実際の製造では消石灰の懸濁液(石灰乳)に塩素を吸収させるため,仮に原料が生石灰であったとしても,消石灰になってしまいます。

$$\ce{2Ca(OH)2 + 2Cl2 -> Ca(ClO)2 + CaCl2 + 2H2O} \label{eq1}$$

ここでは右辺の三つの成分を別々に書きましたが,実際のところ得られるのは,水和したイオン結晶ですので,次式で表す方が正確かもしれません。

$$\ce{2Ca(OH)2 + 2Cl2 -> Ca(ClO)2CaCl2.2H2O} \label{eq2}$$

これは二つの塩 $\ce{Ca(ClO)2}$ と $\ce{CaCl2}$ からなる複塩(double salt)です。したがって反応式(\ref{eq2})は次のようにも書けます。

$$\ce{2Ca(OH)2 + 2Cl2 -> Ca2Cl2(ClO)2.2H2O} \label{eq3}$$

右辺はイオン結晶で,組成式で表していますので,組成比を単純な整数比に直すことができます。

$$\ce{Ca(OH)2 + Cl2 -> CaCl(ClO).H2O} \label{eq4}$$

反応式(\ref{eq4})の右辺 $\ce{CaCl(ClO).H2O}$ を主成分とする白色固体が Chlorkalk すなわちカルキですがこれは省略形なのでクロロカルキとかクロロ石灰,あるいは塩化石灰と呼ぶこともあります。日本語での正式名称はさらし粉(bleaching powder)といいます。

さらし粉には殺菌,消毒,漂白作用があり,それは次亜塩素酸イオン $\ce{ClO-}$ の強い酸化力によるものです。さらし粉には酸化作用等に寄与しない物質や,原料の消石灰も残っていますので,さらし粉という名称自体は,化合物名というよりは製品を指すものと考えた方が良いでしょう。さらし粉の有効成分が次亜塩素酸カルシウム $\ce{Ca(ClO)2}$ ということになります。

式(\ref{eq4})の表記からは見えにくいですが,元の式(\ref{eq1})に戻って考えると,さらし粉には塩化カルシウム $\ce{CaCl2}$ が成分として含まれています。しかし,$\ce{CaCl2}$ には酸化作用はないので,殺菌,消毒,漂白という観点からは不要であるばかりか,吸湿して $\ce{Ca(ClO)2}$ を分解してしまいます。そのため,実際にはさらし粉から $\ce{CaCl2}$ の成分を除いた(減らした) $\ce{Ca(ClO)2.2H2O}$ が主成分のものが製造されており,これを高度さらし粉といいます。式(\ref{eq4})から $\ce{CaCl2}$ を除くというのは頭が混乱しますので,式(\ref{eq2})に戻って考えればよいでしょう。分子式ではなく組成式なので,具体的な数字ではなくて各成分の比が大切です。高度さらし粉は濃厚な石灰乳,あるいは消石灰と水酸化ナトリウムからなるスラリーに塩素を反応させることで製造できます。

高度さらし粉よりもさらに純度の高い,次亜塩素酸カルシウム $\ce{Ca(ClO)2}$ 自体が必要なときは,実験室スケールの製法となりますが,水酸化カルシウム懸濁液を氷冷したものに次亜塩素酸を滴下し,生じた沈殿をろ過,水洗,真空乾燥することで,純度が $90\unit{\%}$ 以上のものを得ることができます。ただし,爆発性がありますので取り扱いには注意が必要です。特に真空設備がないからと,最後の乾燥を加熱乾燥で代用するのは危険です。家庭でも比較的手に入りやすい原料ですが,専門知識と適切な設備が必要な実験です。自由研究で行ってはいけません。

さて,冒頭のカルキ臭の話に戻りますが,説明したように,カルキというのは石灰のことですのでカルキ臭は直訳で石灰臭ということになります。しかし,あの臭いは石灰の臭いではなく,次亜塩素酸イオンが分解してできた塩素や水中のアミン類との反応生成物に由来するものと言われていますので,これはちょっとちぐはぐな表現です。大目に見て,カルキはクロールカルキの省略形だからカルキ臭でよい,あるいは石灰自体も畜産などで消毒に用いられるので,カルキは消毒剤を意味し,カルキ臭とは消毒臭のことだろうと擁護することはできるかもしれません。

もっとも,最近では水道水の消毒などにはカルシウム塩のさらし粉ではなく,次亜塩素酸ナトリウムの水溶液(アンチホルミン)が使われることも多くなっています。その場合,カルシウム自体が含まれていないため,石灰を意味するカルキはますます実体から遠のいた表現ということになってしまいます。しかし,もう頭の中で,あの臭いがカルキ臭であると結びついてしまっているため,恐らくこれからもカルキ臭と呼ばれ続けることでしょう。

参考

  1. 講義 > 酸化還元 > ラチマー図
  2. 第 5 版 化学便覧(応用化学編 I), 日本化学会編, I-647(丸善).
  3. 第 3 版 実験化学講座(8 巻 - 2), 597(丸善).

最終更新日 2022/07/30