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不動態

ふどうたい

passive state

イオン化傾向の大きいマグネシウムやアルミニウムのような金属元素の単体は,塩酸や硫酸と反応すると水素を発生して溶解します。また,イオン化傾向の小さい銅や銀のような金属は塩酸や希硫酸とは反応しませんが,酸化力が強い硝酸や熱濃硫酸とは反応して溶けることが知られています。このことを踏まえると,イオン化傾向が比較的大きいアルミニウム,鉄,ニッケルといった金属を濃硝酸と反応させるとたちまち溶けてしまいそうな気がしますが,実際にはこれらの金属片を濃硝酸に加えても,溶解反応はなかなか進行しません。これは金属表面が濃硝酸と反応して,緻密な金属酸化物の被膜が生じ,この被膜が濃硝酸とは反応しないため,内部の金属が濃硝酸に触れることができなくなって保護されるためです。

このような,熱力学的には腐食や溶解が進行するであろう金属と酸の組合せであるにもかかわらず,表面に生じた被膜の影響により金属が侵されることが抑制されている状態不動態といいます。一般には酸化物の被膜のことが多いですが,塩の被膜による不動態もあります。ただし,被膜を形成するからといって必ずしも不動態になるとは限りません。例えば,亜鉛はイオン化傾向が大きく,酸化被膜を形成しますが,酸化亜鉛 $\ce{ZnO}$ は酸に溶解するため,内部の金属亜鉛を保護するはたらきはせず,よって不動態にはなりません。また,金は多くの酸に対して耐腐食性を示しますが,その理由は表面に保護被膜が生じるからではないので,金は不動態にはなりません。

日本語で不動を不動と勘違いしてしまうと,なにやら不動体という物体が存在するかのような気がしてきますが,これは間違いで,不動態は状態を表す言葉であって,不動態という名の物質や現象はありません。このことは英語表記によく表されていて,不動態は英語で passive state といい,はっきりと状態(state)であることが示されています。日本語は難しく「これは不動態です」とか「不動態になっています」という表現は「という状態」が省略された言い方ととらえることができますので正しい用法であると思われます。一方「$1\unit{g}$ の不動態を酸に加えると」とか「これを酸に加えた時の変化を不動態という」といった使い方は誤用と言えます。

態と書かれている例も見られ,passive を「動かざる」ととるか「働かざる」ととるかの違いですが,自ら積極的に何かをするというよりは,外部からの作用に対して保護するという意味合いを考えると,「動かざる」の不動態が適切であるように思いますし,現在の主流の表記は不動態です(どちらも間違いではありません)。残念な例として不動熊と書かれた答案を見たことがありますが,もちろん熊ではありません。

不動態の例

高等学校で学習する化学では,不動態を形成する金属として鉄,ニッケル,アルミニウム,クロム,コバルト(覚え方:手にある黒子)あたりが登場しますが,他にもいくつかの金属元素の単体が不動態を形成することが知られていますし,合金で不動態を形成するものもあります。濃硝酸に対して不動態を形成する単体の金属としては,アルミニウム,鉄,ニッケル,モリブデン,トリウムなどがあります。またクロムは王水に対して不動態を形成します。ちょっと珍しい例としては,プルトニウムは濃硫酸に対して不動態となることが知られています。

アルミニウムはイオン化傾向が大きい金属ですので,空気中に放置するだけで酸化被膜が生じます。ただしこの被膜はきわめて薄いので濃硝酸で処理した場合のような十分な耐食性はありません。1円玉はこの状態にあると思われます。電解処理などによって意図的に酸化被膜を厚くつけて耐食性を高めたアルミニウム(あるいはアルミニウム製品)をアルマイトといいます。アルマイトの製造は日本で開発された技術で,元々は商標ですが,今は教科書に表記されるくらい一般名詞化しています。アルミの鍋,弁当箱,薬缶,サッシなど,アルミニウムの軽さと耐食性を兼ね備えたアルマイト製品は身の回りにたくさん存在します。

アルマイトのケトルと食器

アルマイトのケトルと食器

チタンはもともと耐食性が高い金属ですが,電解などにより表面に意図的に酸化物の被膜をつくることで,膜厚に応じて干渉効果によってさまざまな色に着色することができます。きれいに着色されたチタンタンブラーが市販されており,不動態の応用例のひとつです(正確には不動態の耐食性を利用しているわけではないので,酸化被膜の応用というべきかもしれませんが)。

耐食性が高い合金からなる鋼を総じてステンレス鋼といいますが,その中でもクロムを一定量以上含むものは不動態化することで優れた耐食性を示します。また,ステンレス鋼を電解処理することで漆黒に着色する技術が開発されており,アベルブラック(商標)とよばれています。上述のチタンの着色と原理は同じですが,光の干渉で黒色を出すのはとても難しく,日本の優れた技術のひとつです。東京スカイツリーのエレベーターの内装にも使われているそうですので,機会がある方はチェックしてみてください。

不動態の耐食性

高等学校の教科書には「鉄,ニッケル,アルミニウムが濃硝酸に溶けないのは不動態になるためである」と書かれていますが,これを拡大解釈して「不動態の金属は酸に溶けない」とか「腐食しない」ととらえてしまうと間違いですので注意してください。例えば,塩酸 $\ce{HCl}$ は塩化物イオンが不動態被膜を破壊するため,不動態化した金属も塩酸には侵される場合が多いです。キッチンの流しや調理台は衛生面を考えてステンレス製のものが多いですが,化学実験室の実験台がステンレス製という例が少ないのはこういった事情によるものと思われます。

参考

  1. https://www.abel-s.co.jp(アベル株式会社)

最終更新日 2022/08/13