ルイス酸とルイス塩基
ルイス酸とは電子対を受け取る能力を有するもの,ルイス塩基とは電子対を与える能力を有するものでした。プロトンとアンモニアからアンモニウムイオンができる反応を考えてみましょう。
プロトンは電子対を受け取るからルイス酸であり,アンモニアはプロトンに電子対を与えるからルイス塩基です。そして,この二つが反応することで,新たに $\ce{N-H}$ 結合が生じ,アンモニウムイオン $\ce{NH4+}$ となります。このとき生じる $\ce{N-H}$ 結合は共有結合ですので,この結合の生成は分子軌道(molecular orbital, MO)の考え方を使って理解することができます。下図に示したように,プロトンの MO(実際は原子軌道ですが)とアンモニアの MO を考えます。プロトンの MO は電子が入っていない MO のうちで最もエネルギーが低い軌道(最低空軌道,Lowest Unoccupied Molecular Orbital, LUMO),そしてアンモニアの MO は電子対が収まった最もエネルギーが高い軌道(最高占有軌道,Highest Occupied Molecular Orbital, HOMO)だけを抜き出して描いた図です。プロトンの LUMO とアンモニアの HOMO の相互作用により,結合性分子軌道と反結合性分子軌道が生じます。ここにルイス塩基であるアンモニアが電子対を与え,結合性軌道に電子が二つ入った状態が下の図です。HOMO どうしのように電子が二つ入ったものどうしから生じる MO は結合性軌道と反結合性軌道の両方に電子が入りますので,結合次数がゼロとなって結合は生じません。また,LUMO どうしのように空の軌道から生じる MO は電子が入りませんので,やはり結合は生じません。ルイス酸・塩基の反応は空の軌道と電子が二つ入った軌道(典型的には LUMO と HOMO)の相互作用により生じるという点が重要です。
アンモニウムイオン生成の MO 図
この例から分かるように,ルイスの定義に基づく酸塩基反応は,酸の LUMO と塩基の HOMO から形成される MO による結合生成と見ることができます。ただし,共有結合ができれば何でもかんでも酸塩基反応であるかと言うと,それは違います。例えば,二つの水素原子から水素分子 $\ce{H2}$ ができる反応は分子軌道法の最も基本的な例ですが,この場合はそれぞれの原子が電子を一つずつ出し合って,結合性軌道に電子が二つ入ります。したがって,これは酸塩基反応ではありません。あくまで,一方が二つの電子(電子対)を与える反応が酸塩基反応であるという点に注意してください。