沈殿
ちんでん
precipitate
液体の底に微小な固体が沈んでたまっているとき,その固体を沈殿といいます。古い文献では「さんずい」が付いた沈澱と書かれているものもあります。例えば水の底に溜まっている泥は沈殿です。一方,石ころは微小とは言えないので,石ころが川底に沈んでいても沈殿とはあまり言いません。もっとも,スケールの問題なので遠目で見れば沈殿と言っても間違いではありませんし,自然にある泥や石ころ(礫)に対しては,堆積(sediment)という言葉がありますので,ここではあくまで沈殿のイメージを持つために例として挙げたにすぎません。
化学の世界では,大きな結晶がゴロゴロと成長することもなくはないですが,化学反応によって生成する不溶性あるいは溶解度が低い物質が沈んだものは大抵が沈殿と認識されます。さらに化学では,微小固体が生成して沈む現象自体も沈殿といいます。銀イオン $\ce{Ag+}$ を含む水溶液に塩酸 $\ce{HCl}$ を加えると溶解度が低い塩化銀 $\ce{AgCl}$ が析出して白く濁りますが,これがまだ沈みきっていなくても,溶解度が低いものが生成して下降し始めているのであれば「沈殿(現象)が生じている。」と言ってよいことになります。沈んだものを指して沈殿と言ってももちろん構いませんが,現象ではなくて物であることを強調するために沈殿物という言い方をすることもあります。
日本語では現象と物の区別がやや曖昧ですが,英語では precipitation を沈殿が生じる過程,precipitate を沈殿物を表す場合に使うことが多いです。Oxford 現代英英辞典には precipitation は a chemical process in which solid material is separated from a liquid とあり,一方 precipitate は a solid substance that has been separated from a liquid in a chemical process と説明されています。precipitation によって precipitate が得られるというわけです。that was separated ではなくて that has been separated となっているのは,過去に分離されていても今,再び溶けていれば沈殿ではない(分離された状態で今に至っているのが沈殿物)ということを強調しているのでしょう。実験ノートなどでは ppt と略することがあります。
このような使い分けを踏まえると,沈殿滴定は precipitation titration ですし,白色沈殿は white precipitate となります。
最終更新日 2023/01/31