IUPAC

IUPAC は International Union of Pure and Applied Chemistry(国際純正・応用化学連合)の略称です。日本語で呼ぶ場合であっても,正式名称よりも IUPAC とアルファベット表記して「アイユーパック」と略称で呼ぶことが多いです。

科学は実験や観察から得られた事実と論理的考察を基盤とした学問体系ですので,この二点がしっかりしているのであれば,どこのどんな科学者(あるいは科学者ではない方)の主張であっても等しく受け入れられるべきというのが理想です。しかし現実問題として,個々の科学者が好き勝手に単位系を設定したり,元素や物質の名前を決めたりしていては大混乱となり,結果的に科学の進展に悪影響を及ぼします。例えば,ある化学者が勝手に原子番号 1 番の元素を「軽素」と呼ぶことにしたとすると,これは実験事実や論理に反したものではありませんが,「軽素」やその元素記号「$\ce{Ke}$」の表記で論文や教科書を執筆してしまうと,周りとしては大変迷惑です。

昔,錬金術師たちは自分の発見した術の秘密を守るために,自分だけがわかる言葉で記録をとったという話を聞いたことがあります。しかし,この秘密主義は現代の科学の方向性とは違いますし,企業活動などで秘密を守りたい場合でも,あまり有効な方法とは言えません。

このような事情から,科学の世界であっても,いろいろな人為的取り決めが必要になる場面が多く,これを定める組織,しかも,国や地域ごとに異なった科学体系になってしまわないように,国際的な組織が必要となります。IUPAC は化学分野においてまさにこの役割を担う,すなわち化学の国際的な標準化のために,第一次世界大戦後の 1919 年に設立された団体です。他の科学分野にも類似の国際団体があり,例えば物理分野では International Union of Pure and Applied Physics(IUPAP),生物物理の分野では International Union for Pure and Applied Biophysics (IUPAB)といった感じです。

標準原子量の策定

IUPAC は複数の委員会から構成されていて,その活動は多岐にわたります。その中でも特に重要なものの一つが原子量表の作成で,原子量(atomic weight)がないとほとんどの化学者は仕事になりません。原子量は定数だから作成するものではないと思う方もいるかもしれません。しかし,ある元素の原子量は,その元素の各同位体の質量と存在比から決められるもので,質量や存在比は測定精度,場所,時代などによって変動するものですので,原子量は定数ではなくて,約束して定めるものです。また,そもそも $\ce{^{12}C}$ を基準として原子量を定めるというのは人為的に決められた約束事で,かつては $\ce{^{16}O}$ を基準とする原子量と混在しており,現在の基準に統一されたのは 1962 年です。日本では IUPAC(の下部組織である Commission on Isotopic Abundances and Atomic Weights,CIAAW)から発表される標準原子量(standard atomic weights)に基づいて,日本化学会原子量専門委員会が作成した原子量表がお墨付きの公式な原子量ということになります。

命名と命名規則の策定

IUPAC の活動でもう一つ重要なものは,元素名の制定や物質の命名規則の策定です。上の「軽素」の例で示した通り,個々人が勝手に元素名や元素記号を作って使いだしたら大変です。当たり前のようですが「$\ce{H2O}$」と書いてあって「水」と世界中の人が理解できるのは,人類が共通の元素記号を有しているからです。「$\ce{Ke2O}$」では何のことかわかりません。

化学は新しい物質を生み出すのが大きな特徴の学問ですので,学問の進歩とともに物質の種類は増え続け,その構造もどんどんと複雑化します。可能な限り統一的で,初出の物質であっても,その名称からどのような構造の物質であるのかが伝わるような名前の付け方が理想ですが,それはそう簡単なことではなく,ある意味 IUPAC の終わりなき挑戦となっています。

IUPAC は以下に示す Color Books と呼ばれるいくつかの書籍を出していて,無機物の命名規則については Red Book,有機物に関しては Blue Book に最新の命名法がまとめられています。また,Green Book には物理化学で用いられる量,単位,記号がまとめられていて,特に標準状態についての約束が書かれているので重宝します。Green Book の邦訳版は講談社より出版もされていますが,Web 版が産総研の計量標準総合センターのウェブサイトで無料公開されています。

参考

最終更新日 2023/02/02

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