セッケン - Chemist Eyes

セッケン

せっけん

soap

セッケン脂肪酸(鎖状炭化水素にカルボキシル基が一つついた分子)のアルカリ金属塩です。広義には脂肪酸に限定せず,樹脂由来の酸やナフテン酸(石油由来のカルボン酸)からできるアルカリ金属塩もセッケンです。アルカリ金属以外の金属と脂肪酸からできる金属塩もありますが,こちらは金属セッケンと言って,セッケンとは区別しています。また,脂肪酸(カルボン酸)ではなく,アルキルアンモニウム塩を成分とする界面活性剤はセッケンと電荷が反対になるので逆性セッケン(invert soap)といいます。

脂肪酸の炭素数としては $\ce{C5}$ 以上という説明も見られますが,一般的には $\ce{C8}$ ~ $\ce{C_{22}}$ くらいの範囲のものが使われます。セッケンは界面活性剤の一種ですが,セッケン以外の合成界面活性剤は合成洗剤といい,化学用語としては両者をはっきり区別しています。ただし,日常用語としては,これらはかなり混同されているのが実情で,化学的な意味ではセッケンではないものであっても,せっけんと呼んでいる場合が散見されます。また,泡立つかどうかとか,手洗いに使えるかどうかという条件は化学的なセッケンの定義には含まれず,あくまでも化学構造のみでセッケンであるかどうかが決まりますので,後で述べるように,洗浄に用いる目的ではないセッケンも存在します

化学的にはセッケンの製法は脂肪酸を塩基で中和するだけですので,人類は古くからセッケンの存在に気付いていたようで,紀元前 3000 年くらいの粘土板に,既に薬用としてのせっけんの利用が記されているそうです。実際には脂肪酸そのものではなく,手に入るのは油脂(fats and oils)だったでしょうが,化学の知識がなくとも,油脂と草木灰のような塩基が混ざって反応し,偶然セッケンの発見につながったとしても不思議ではありません。

地中海エリアにはせっけん産業で有名な都市があり,マルセイユ石鹸(savon de Marseille)で知られるマルセイユはその代表でしょう。これも,元はオリーブから得られる良質な油脂(オリーブ油)と海藻から得られるアルカリが手に入りやすいことが発展の理由と思われます。

セッケンの名称

日本には,信長・秀吉の時代にせっけんが渡来したようですが,当時は「せっけん」ではなく,ポルトガル語由来の「シャボン」と呼ばれていたとのこと。実は石鹸の「鹸」の字にはもともと中国語の別の意味があったのが,訳するときにまちがって「石鹸」という字をあててしまったところ,間違いのまま拡がって今に至っているのだそうです。たしかに漢和辞典(新漢語林)で「鹸」を調べてみると「塩水,あく(灰を水にとかしてこしたうわずみ)」とあり,セッケンとはちょっとニュアンスが異なる説明がされています。

油脂はグリセリンの脂肪酸エステルであり,強塩基の水溶液を加えて加熱すると加水分解して,脂肪酸の塩(セッケン)とグリセリンになります。これをけん化(saponification)と言いますが,この「けん」も「鹸」なので,本来の意味であれば「塩化」。誤訳が専門用語にまで浸透してしまった例と言えます。とはいえ,シャボン化とかボン化よりは,けん化の方が良いかなと個人的には思いますので,「けん化」につながる誤訳をした人には「よくやった」と言ってあげたいです。

セッケンの工業製法

工業的なセッケンの製法としては,上で述べたけん化を大規模に行う方法の他,油脂を触媒存在下で高温高圧の水蒸気により力業で加水分解し,脂肪酸を蒸留で取り出してからアルカリで中和という方法もあります。両者で化学的に品質の違いが出るのか出ないのか,出るとするとどう違うのかは私には分かりませんが,原料として用いる油脂の種類や混合比で脂肪酸の組成が決まりますので,製法以上に油脂の混合比が製品に大きな影響を与えると思われます。有名な牛乳石鹸ブランドのせっけんでは牛脂とヤシ油が用いられていると紹介されています。

固形セッケンをつくるのであれば,用いるアルカリ金属としてもっとも一般的なのはナトリウムです。カリウム塩にすると,セッケンの溶解度が大きくなるため,水にとかして液体せっけんにすることができます。市販の液体せっけんも(合成洗剤をせっけんと称していなければ)カリウム塩が含まれていると思われます。

ルビジウム,セシウムのセッケンとしての利用はあまり聞いたことがありませんが,原理的にはこれらもセッケンになります。一方,リチウム塩のセッケンは実用化されています。といっても手洗いには用いず,グリースに含まれる増稠剤として利用されています。他のカルシウムやアルミニウムなどからなる金属セッケンもグリースとしての利用があります。これらは日常のセッケンのイメージとはやや違ったセッケンの一面となりますが,セッケンという化学用語の本来の意味を再確認する意味では良い例です。

セッケンとせっけん

日本語で「せっけん(石鹸,石けん)」と書く場合と「セッケン」とカタカナで書く場合の違いは御存じでしょうか。実はここまでの記述でも,両者使い分けてきました。すでに述べたように,化学用語としてのセッケンはあくまでも化学構造に基づく分類ですが,実際にお店で手に入る商品は,セッケンに香料や保湿成分,殺菌剤などを配合して製造されています。このようにしてできた商品が「せっけん(石鹸,石けん)」です。高校化学の教科書を見直すとカタカナでセッケンと書いてあるはずです。一方,英語では両者を区別しないようで,どちらも soap となります。

以上を踏まえると「せっけんはセッケンから作られます。」という日本語はきちんと意味を持った文ということになります。これを Google 翻訳で英訳してみるとどうなるでしょうか。

Soap is made from soap.

予想通りですが,さすがに「せっけん」と「セッケン」を区別した訳は生み出してはくれず,意味をなさない文となってしまいました。これ,プロの翻訳家の方はどう対応するのか,ちょっと興味があります。

家庭でセッケンを作る方へ

セッケンは家庭でも作ることができて,作り方もウェブ上ですぐに見つけることができますが,用いる水酸化ナトリウム $\ce{NaOH}$,水酸化カリウム $\ce{KOH}$(液体セッケンを作る場合)の水溶液は,実験室で扱う際も注意を要する強塩基です。皮膚を激しく侵すとともに,目に入ると失明の危険が高い薬品です。水溶液の飛散に十分注意するとともに,固体状態のものであっても素手で触れたり,触れた手で目をこすったりすると大変危険ですので,手袋,保護メガネは必須です。なお,これらの塩基は揮発性ではないので,蒸気を吸い込むという危険はありませんが,溶解の際にミストが生じ,それを吸い込むと激しくむせますので,水溶液を調製する際は屋外かキッチンなどの換気できる場所での作業が必要です。

参考

最終更新日 2022/08/04