1. 化学熱力学
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気体の法則

前節では水と鉄球を例にしましたが,液体や固体よりも気体の方が圧倒的にシンプルですので,まずは気体(しかも多くの場合,理想気体)を題材とするのが王道です。高校の物理でも気体の性質を学習しますが,ボイルの法則(Boyle's law,$PV$ が一定)や シャルルの法則(Charles's law,$VT^{-1}$ が一定),あるいはこれらを一つにまとめて得られる理想気体の状態方程式 $PV=nRT$ は化学でも学習しますので,ここでは化学の学習範囲に含まれない内容を中心に説明します。また,一部で力学の知識(力,運動量,力積など)を使いますが,それらについては脚注で簡単に補足します。

気体の圧力

サッカーボールや自転車のタイヤチューブは,空気を入れるとパンパンになります。なぜ空気を入れるとパンパンになるのでしょうか。物理の立場では,入れた気体の分子がビシバシとボールやチューブの内側を叩いて押すからだと考えます。分子一つが叩く力は小さくても,数は力。$1\unit{cm^3}$ 当たり $10^{19}$ 個以上の分子がいますので,文字通り「力を合わせれば」大きな力になります。一方,気体の分子(大気)はボールやチューブの外側にもあって,外からビシバシ叩いていますので,内側と外側で押し合い合戦をして,内側が勝てばパンパン,外側が勝てばフニャフニャになります。では,内側の押す力はどのように見積もることができるでしょうか。気体が押す力は,単位面積当たりの押す力である圧力(pressure)$P$ で表すことが通常ですので,以下では気体の圧力を求める方法を考えます

簡単のため,ボールやチューブは忘れて,1 辺の長さが $L$,体積が $L^3 = V$ の立方体の空洞を持つ容器を考え,中に入っている気体は単原子分子(球体)で,分子 1 個の質量を $m$,個数を $N$ 個とします。ある $i$ 番目の分子が速度 $\bit{v}_i=(v_{ix},v_{iy},v_{iz})$ で運動しているとき,この分子のもつ運動量は $m\bit{v}_i$ です。この分子が立方体の壁の一つ(壁 A)にぶつかるとします。ぶつかり方が重要で,壁は気体分子と比べて十分に重いので壁は動かず,かつ,ぶつかる前後で分子は運動エネルギーを失わない弾性衝突であるとします。また,分子が壁に対して垂直にぶつかるとは限らず,確率的には斜めからぶつかる可能性の方が高いのですが,垂直成分以外は今は必要ないので,垂直方向を $x$ として,運動量の $x$ 成分だけを考えると,衝突の前後で,分子の運動量の $x$ 成分は,最初の $mv_{ix}$ から $-mv_{ix}$ へと,$-2mv_{ix}$ だけ変化します。壁 A と,その向かいの壁との距離は $L$ ですので,この分子は壁と壁の一往復 $2L$ 進むにつき 1 回,壁 A に衝突することになり,時間 $t$ の間に $v_{ix}t/2L$ 回の衝突が起こることになります。力は単位時間当たりの運動量の変化で表されますので,これを $t$ で割って,単位時間当たりの運動量の変化を求めると,分子にはたらく力は次式となります。

$$(-2mv_{ix})\times\frac{v_{ix}}{2L}=-\frac{mv_{ix}^2}{L}$$

これは分子にはたらく力であって,壁 A にはたらく力はこの反作用 $mv_{ix}^2/L$ です。壁 A の面積を $S=L^2$ とすると,単位面積あたりに壁 A にはたらく力の,$N$ 個の分子に対する合計,すなわち気体の圧力 $P$ は次式で表されます。

$$P=\frac{m}{SL}\sum_{i=1}^{N}v_{ix}^2=\frac{m}{V}\sum_{i=1}^{N}v_{ix}^2$$

これで答えは得られたのですが,$N$ 個の分子の和といっても,膨大な数で非現実的です。そこで,和をとるのはあきらめて,$v_{ix}^2$ の平均 $\overline{v_{x}^2}$ を $N$ 倍することで代用します。

$$P = \frac{Nm\overline{v_x^2}}{V}$$

もう一声欲しいところです。$\overline{v^2} = \overline{v_x^2 + v_y^2 + v_z^2}$ ですが,分子は確率的にはどの方向にも同じように運動しますので,$\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} =\overline{v_z^2}$ であり,これより $\overline{v^2} = 3\overline{v_x^2}$ と考えて問題なさそうです。これを用いると,気体の圧力 $P$ は次式で表されます。

$$P = \frac{Nm\overline{v^2}}{3V} \label{pVNm}$$

形が立方体ではない場合が気になります。しかし,どんな形であっても,十分に小さなサイコロを詰めれば,十分に良い精度でその形を再現することができます。このとき,容器の壁に接した立方体の面については上の議論がそのまま当てはまり,容器の壁に接していない(つまりサイコロどうしが接した)面は,壁がないので分子がすり抜けますが,その代わり,隣の隣の隣の...立方体が容器の壁に接していれば,確率的には同じだけ衝突しますので,やはり上の議論を当てはめることができます。したがって,容器の形状に関わらず,式(\ref{pVNm})が成り立ちます。

気体分子の平均運動エネルギー

理想気体の状態方程式 $PV=nRT$ と,式(\ref{pVNm})を組み合わせると次式となります。

$$\frac{Nm\overline{v^2}}{3} = nRT$$

これより,気体分子 1 個当たりの平均運動エネルギー $\overline{\varepsilon}$ が得られます

$$\overline{\varepsilon}=\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{1}{2}m(\overline{v_x^2} + \overline{v_y^2} + \overline{v_z^2}) = \frac{3nRT}{2N} = \frac{3RT}{2\NA} = \frac{3}{2}\kB T \label{gaskinT}$$

ただし,ここでアボガドロ定数を $\NA$ とし,$N = n\NA$ を使いました。また,気体定数 $R$ を $\NA$ で割った値を $\kB$ で表しています。$\kB$ は ボルツマン定数(Boltamann constant)と呼ばれる定数で,温度とエネルギーを関係づける重要な定数です

$$\kB = 1.380\,649 \times 10^{-23}\unit{JK^{-1}}$$

また,式(\ref{gaskinT})より,$\overline{v^2}$ を用いたときの分子の平均速度は次のように記述できます。

$$\sqrt{\overline{v^2}} = \sqrt{\frac{3RT}{m\NA}} = \sqrt{\frac{3RT}{M}}$$

ただし,$M$ はモル質量です。これは,二乗平均の平方根なので,平均の速さとは異なりますが,二乗平均速度または根平均二乗速度と呼ばれ,分子の速さを表す目安のひとつです。

最終更新日 2023/02/26