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分光化学系列

結晶場分裂パラメータ $10Dq$ の大きさは,配位子や金属イオンに依存します。$10Dq$ の値を理論的に計算する方法も研究されていますが,色々な金属錯体の $10Dq$ を実験的に求めることで,配位子や金属イオンの種類に応じた,$10Dq$ の傾向を知ることができます。実験データに基づいて,$10Dq$ の大きさの順に配位子や金属イオンを並べたものを分光化学系列(spectrochemical series)といいます。

配位子の影響

以下に $10Dq$ が小さい順に配位子を並べた分光化学系列を示します。配位できる原子が2種類ある場合は,配位原子を赤色で示しています[1]

\begin{align*} &\ce{I-}<\ce{Br-}<\ce{\textcolor{red}{\mathrm{S}}CN-}<\ce{Cl-}<\ce{N\textcolor{red}{\mathrm{O}}_2-}<\ce{N3-}<\ce{F-}<\ce{OH-}<\ce{C2O4^{2-}}<\ce{O^{2-}}<\ce{H2O} \\ &<\ce{\textcolor{red}{\mathrm{N}}CS-}<\ce{CH3CN}<\ce{NH3}<\ce{py}<\ce{en}<\ce{bpy}<\ce{phen}<\ce{\textcolor{red}{\mathrm{N}}O2-}<\ce{PPh3}<\ce{CN-}<\ce{CO} \end{align*}

例外はありますが,まずは大まかに「ハロゲン $<\ \ce{O}\ <\ \ce{N}\ <\ \ce{C}$」の順になっていることを把握して,そのあとで細かい内訳を確認すると見通しが良いです。ハロゲン化物イオンは,サイズが大きいほど,配位子場が弱い($\ce{I-}<\ce{Br-}<\ce{Cl-}<\ce{F-}$)ことがわかります。これはサイズが小さいイオンでは,負電荷が軸方向に集中するため,より大きな静電反発を与えるためであると考えることができます(イオンのサイズが大きいと,電荷が軸から外れた方向に分散します)。一方,$\ce{OH-}$ と $\ce{H2O}$ を比べると,電荷を持っている $\ce{OH-}$ の方が小さい $10Dq$ を与えることや,$\ce{PPh3}$ や $\ce{CO}$ などの中性配位子が大きな $10Dq$ を与える理由は,結晶場の考え方だけからは説明が難しく,これを理解するには,後述する配位子場の考え方が必要となります。

金属イオンの影響

次に,金属イオンの違いによる $10Dq$ の大きさの傾向を示します。

\begin{align*} &\ce{Mn^{2+}}<\ce{Ni^{2+}}<\ce{Co^{2+}}<\ce{Fe^{2+}}<\ce{V^{2+}}<\ce{Fe^{3+}}<\ce{Co^{3+}} \\ &<\ce{Mo^{3+}}<\ce{Rh^{3+}}<\ce{Ru^{3+}}<\ce{Pd^{4+}}<\ce{Ir^{3+}}<\ce{Pt^{4+}} \end{align*}

これより,2つの傾向があることがわかります。ひとつは,金属イオンの酸化数が大きくなると $10Dq$ が大きくなります。第4周期遷移金属($3\ao{d}$ 遷移金属)2価イオンの $10Dq$ は $7,000$ から $30,000 \wn$ 程度ですが,3価イオンでは $12,000$ から $35,000 \wn$ 程度に増加することが知られています[2]。一般に,酸化数が大きい金属イオンはサイズが小さく,配位結合距離が短くなります。そのため,電子間の反発が大きくなって,$10Dq$ が増加すると考えられます。

もう一つの傾向は,高周期元素であるほど,$10Dq$ が大きくなるということです。$3\ao{d}$ 遷移金属の3価イオンで $12,000$ から $35,000 \wn$ 程度の $10Dq$ が,$4\ao{d}$ 遷移金属の3価イオンでは $20,000$ から $40,000 \wn$ 程度に増加します。$3\ao{d}$ 軌道よりも $4\ao{d}$ 軌道の方がサイズが大きく,金属イオンから大きく外側に張り出しているため,配位子の接近に伴って,負電荷をより強く感じやすいためであると考えられます。